さて、この期間は家族3人+友人ひとりのマレーシア(以降だいすきな金子光晴風にマレィと記します)へのショート.トリップ。
どんな旅だったのか、、いつもは旅の記憶、熟れはじめるのにはもう少し時間がかかるのだが、今回は早いな、、
15年前に独りで訪れ、初めての国でときに途方に暮れながら、おずおずと歩き始めた街や道。
そう言えばその頃、盛んに言われていた言葉「自分探しの旅」とか「自分を探して旅しています」みたいなやつ、、けれどまったくさ、そんな場合じゃなかった。
浮き足立ってて、自分を見失って、不安だったりで、どんどん色んなものが我が身から失くなっていった、剥げていった、落ちていった。
まったく探すどころじゃない、だってあれよあれよという間に丸裸で路上や安宿のベッドに縮こまってる「自分」を見つけたんだから。
うん、ただそれだけのことだったんだよね。
そこからはじまったこと、ものもたくさんある、いまそう思う。
10年前には家人に見せたくてふたり訪れた。
そして今回は5歳の息子も一緒に。
「記憶」もちろん時間の経過によっての変質もあるだろう、けれど10年、15年、特に初めて訪れた時に得た、色んな気分、upもdownもだね、の思い込みも重々含めた「記憶」の修正を余儀無くされることも多い旅だった。
ちょっとね、頭の中が僅かに軋むような感覚ののち、記憶が修正される瞬間。
若しくは記憶が記憶としてしかもう存在しようのない、現存物はすでに失われていた場合もね、やっぱり少しだけ頭の中が軋んでしまう。
さて、では日記をはじめます。
気に入った写真数点を「Ubud百景(マレィ特別編)」としてありますので、どうぞあわせてご覧下さいね。
2004年8月20日(金):KL
AirAsiaにてKuala Lumpur(以降KL)到着。
ぼくのVisaは1年に1度、国外で取得し直さなければならないタイプ、けれど息子のは6ヶ月、なのでそのためのvisaトリップでもあり、偶然Visa切れの時期の重なった友人も同行。
いつもはBangkokでそうするんだけれど、今回は久し振りに「旅」の気分が味わいたくて。
KLIA(KL空港)は驚く程近代的な建物に変貌していた。
そういえば、おおきな建築物の近代化は美術館からか?と思うほど、ここも美術館みたいな巨大なガラス張りのドームの繋ぎあわせ。
つまりは、近代的に洒落た建造物でつい「美術館みたい、、」とつい言ってしまうアレ。
これも昔はなかったCityLinkという高速の電車で市内KL中央駅まで一直線。
そして楽しみだったひとつ、KL中央駅構内の「HeritageStationHotel」へダイレクト、の筈だったのだけれど、なんだか見た事もないような近代的な駅に着いてしまった。
いまはこちらをKL中央駅と呼ぶそうで、以前のそれはOldStationと名称を変えてしまっていた、そして
現在は市内にアクセスするモノレールと昔ながらのマレィ鉄道くらいなのかな、ひっそり閑としてた。
とにかくモータリゼイションの発達著しいお国柄、鉄道の需要はきっと減る一方なんだろな。
けれど昔見たままの広大な駅、その外観は真っ白な宮殿、モスクなんだよ。
ぼくは15年前のKLでこのホテルを見つけてね、当時泊まり歩いていた安宿よりは少し高かったけれど、マレィのジャングル探検?から帰ったばかりで、くたくただしもうすぐ帰国、の頃だったので、思い切って何泊かしたんだよ。
そしてそのときの感激は大変なものだったみたいだ。
ひろいひろい客室、頑丈に作られるべきところは石、それ以外でも重厚な木造り、ぴかぴかに磨きあげられた木と真鍮のパーツ、古めかしいエレベーターはまるでヒッチコック映画に出て来そう、スヌーカーの台のあるバー&ボール.ルーム。
全部が気に入った、すきだった。
だいすきな旧い映画のなかに入りこんだような興奮。
ただでさえ浮き足立っている若き日の独り旅、、
ぼくのなかで「記憶」が熟れて、膨れ上がっていったんだね、好きなように。
それから暫く後、ホテルは閉鎖された、なんていう噂も聞いて、ますますぼくのなかでのそれは膨らんでいったんだね。
そしていま、、ぎしっ、ぎしりと頭の中で記憶の修正作業がなされた。
でもね、それでもやっぱりとてもとてもいいんだよ、ここは。
夕方、チャイナタウンとインド人街への岐路の辺りまで散歩。
このどちらもがOldTownと呼ばれるエリア、それ以外はもう最先端のアジアの大都市、それも悪くはないけれど、マレィの旅の醍醐味のひとつはこういう旧い旧い時間のなかに迷いこむことにあるんだよ。
ただでさえ外国人の旅行者は幽霊みたいなものだからね、そういう幽霊が出没してこころ和めるのはきっと旧い旧い場所、、OldTown。
「Hassan&Zakir」というインディアン.ムスリム.フーズ(まぁ、カレーショップか)のレストランで、ナンとカレー2種類、タンドーリ.チキンで夕食。
抜群の味、辛さ、そういえば以前もこれにハマったんだった、と憶い出した。
明日はマラッカ(Melaka)へ。
2004年8月21日(土):マラッカ
KLからバスで2時間半、昔は舗装のいい加減な道をがたがたと5時間も6時間もかかったものだけれど、いまは高速道路でしゅっと着いちゃう。
マラッカ、、ぼくのだいすきな街、旧い旧い街。
ところでマレィはとても暑い、赤道にすごく近い、1年中果てしなく暑いらしい。
バリのように涼しい季節、というのがないらしい、湿度も高くて汗をたくさんかく。
マラッカは日陰のない街だ、かっと照りつける強い陽射しに真っ黒なぼくの影が路上に灼きつく。
陽射しで白っぽく霞む空気にピンク色の旧い建物、これは土のオリジナルな色。
ぎしっ、ぎしり、、
また記憶の修正作業だ。
ぼくはこの街に灼きつけた自分の影を探しに来たのだ。
15年前に独りぼっちでこころゆくまで歩き回った街、影を灼きつけた街。
Malacca若しくはMelaka、眠ったような街。
セントポールの岡から望む、遥か茫洋たるマラッカ海峡。
白昼は人通りのほとんどない、骨董店街のHangJebat通り辺り。
夜は唯一の賑わいのChenLock通り。
けれどこのまま終わってしまっても不思議ではない空気だったんだ。
廃虚のまんま放置されている建物、歴史のありそうなとても旧いものから、建築が中止になって放り出されているビル群、そういうのが色んなのが廃虚へと向かう段階をあちこちで晒していたんだもの。
ぎしり、、
そういうものはすべてぼくの深い所へ「完全なる個の記憶」として軋みながら沈んでいった。
ぎしっ。
一方、修正もなされた記憶もあった、やはり膨らみ過ぎていたものたちもあったんだね。
2度目のマラッカのとき、そういう兆しは感じていた。
海に面したなにもなかったエリアの開発に手を付けたのかな、という感じだった。
それから10年もたっているのだからね、、
土日、ということもあったかも知れないけれど、驚く程の観光客で賑わっていた、どこも。
眠ったような街は目を醒まし、活気に溢れていた。
骨董店街にはたくさんの洒落たお店がオープンしていて、でも、もとからある旧い建物を使っているので、どれも悪くない雰囲気だね。
けれど、ぼくはぼくの影を探さねばならないと思う。
夕食は伝統的なババ.ニョニャ料理を食べさせるレストラン「PeranakanPlace」独りではちょっと入りにくいようなお店、旧くて重厚、100年以上はたっていそうな豪壮な建物。
どんな料理かと言うと、これはインドネシア料理のルーツにあたるものが多い。
マレィ料理というのは大抵がそうなのだ。
のみならずインドネシアの文化はマレィにルーツをもつものがとても多いのだ、言語もしかり、なのでインドネシア語をそのまま使ってもだいたい通じてしまうので有り難い。
実はこの料理は初めて食べたのだ、それもインドネシア料理として名が通っているものばかり注文してみた。
、、なにかね、すごく味が深い。
スパイシーで辛い、けれども攻撃的では全然ない、柔らかくて深くてミルキーでなにか優雅なものに、そういうのすべてが包まれてる感じ。
文化もまた然り。
ところでババ.ニョニャとは数百年前にこの国に移り住んだ中国系男女のことなり。
そうだ、出がけのKL.pudurayaバス.ターミナルのなかのフード.コートの充実振りは嬉しかった。
昼食は焼豚麺のドライ(旨い!)とマレィ独特の清涼飲料水「Sarsi」これも久し振りの味だった、飲めぬひとは絶対に飲めぬだろう、ルート.ビアーにムヒ(痒み止めの)を混ぜたような味、だね。
旨いとか不味いの問題ではなく、これほど強烈な味の記憶はそんなにないしね、1マレィに1回は味わいたいもの。
2004年8月22日(日):マラッカ
あぁ、ところでぼくらが泊まっているホテル。
名前は「BABA HOUSE」
つまりは旧い旧いババ.ニョニャの家をホテルにしたもの。
骨董店街の一本隣筋にある。
KLにせよここにせよ、100年は軽く越している建物に泊まる体験は素敵だ。
近代的なホテルのような設備や快適さはないけれどね、そんなことなんでもないし。
ババ.ニョニャの家はどこも細長いらしい、間口は狭いけれど、なかはまるで迷路のごとき作りで狭い客室があちこちの廊下沿いに並んでる、そして突然中庭があったり井戸があったり。
歩幅でちょいと計ってみた、幅が11〜12メートル、長さは60メートルくらいではないかと思う。
この建物の中は、確かに時間の止まった旧い空気に満ちていた。
照りつける陽射しのなか、あちこちみんなで歩き回るも、やはり5歳児にはちょいとキツかったかな。
けれど、さほどおおきな街ではないので、乗り物に乗るというほどではなく。
街の真ん中を流れるマラッカ川沿いのレストランで昼食。
下を流れる川を覗いていた息子が「ワニがいる」って大騒ぎ、見るとホントに2mはありそうなワニ状のものがこっちに泳いで来るではないか、、
で、近くで良く見たらトカゲだった、水トカゲ(WarterRizzard)というものらしい、とにかくデカい。
昔からいるのだろうけれど、こんなのは全然知らなかった。
しかし一匹気がつくと、あちこちにいるわいるわ、、
ところでマレィの河川はどこも粘土色のねっとりした流れなんだよ、首都のKualaLumpurは「泥の川」という意味だしね、つまりは何がいるのか見えない、わからない、こりゃ間違っても落ちたくはないな、というもので、やはりこんなのがいたし、、。
この川沿いにはぎっしりと旧い家屋の裏側が並んでいる、それを眺める船のツアーに乗ってみた。
その裏側の、もちろんひとが住んでいて裏口なんかもあるちょっとしたスペースにあがりこんで、ごろごろお昼寝してるんだよね、件のヤツらがさ。
そういう家から出る残飯とか食べてるのかな、ちゃんとひとと共生してますな、少なくとも裏口からは泥棒は入るまい、と思われた。
実は今回、見た事もない新しいバス.ステーションに着いてとまどったのだけれど、この船から旧バス.ステーションが廃虚になっているのが見えた。
3ヶ月前まではKLからの長距離バスが頻繁に発着していたはずなのに、もうすでに廃虚の空気に包まれていた。
マラッカの大気とは、やはりそういう性質のものなのだろうか。
同建物内にある「HOTEL LIDO」の看板が落ちそうになっている、憶えてるんだこの看板、そして川を渡り町へ入るための継ぎはぎの木の危なっかしい橋も。
あぁ、こんなところにあったのか、、マラッカに着いて最初に見るはずだったものたちよ。
影。
いくつかは見つけたけれど、まだ違う感じがしてる。
探さなければならない。
visaの申請などもあり、明日はKLに戻らなければならないしね、ちょっと気持ちの焦りもあった。
はやい夕方にホテルに帰り、まだ陽射しの強い街に独り出掛けた。
OldTownの目抜き通りみたいになってしまった骨董店街からどんどん裏へ裏へと逸れて、ゆっくりこのエリアを取り巻くように、でも出鱈目に歩いてみた。
そして思いもかけずに15年前に泊まっていた宿を見つけてしまった、、「忠和旅社」
おずおずと歩き出した旅、初めての街で、でもあんまりお金もないわけで、安そうな宿を探し探しの旅。
もうそこは営業はしていなさそうだった、懐かしいガラスの引き戸の向こうのささやかなロビーだった所には、雑然と色んな荷物が積み上げてあった。
でも、狭い通りの向こう側に佇んでいると、マラッカじゅうに散ったぼくの影、15年前に置き忘れた影たちが夕暮れのここに集まって来ているような気持ちがしていた。
あぁ、もうこれでいいな、という気持ちがしていた。
がらんとした広い原っぱみたいな裏道を適当にホテル方面にあたりをつけて歩いていたら、地元のひとたちが食事をするようなごく大衆的な、道に簡易テーブルと椅子を沢山並べたおおきな食堂が突然あって、夜の準備の少し前、みたいな空気だったけれど、頼んだらアイス.コーヒーをちゃんと作ってくれた。
そんな気分だったしね、独りぼっちの夕暮れの空気のなかで、そのアイスミルク珈琲はね、本当にとってもとっても甘かったんだよ。
晩ご飯は、夜は屋台でぎっしりと賑わう骨董店街で。
実は今回の旅で唯一ハズした夕食、、有名なマレィ料理のラクサを混み合う屋台で頼んだのだけれど、ちょっと特殊な種類のラクサを頼んでしまったらしい、ぼくの口には合わなかった。
そのあとちょいと洒落たオープンなカフェでビール。
マレィの暑さはね、ホントにビールが合う、ローカルのTigerBeer。
2004年8月23日(月):KL
「HeritageStationHotel」に舞い戻る。
Heritage、文化的歴史的遺産の意。
マレィではよく見かける言葉、そしてとてもよく似合うと思う。
夜は、恐くはマレィ最大のチャイナタウンへ。
ここはホテルから徒歩圏内、15分くらいなのが嬉しい。
その目抜き通りのPetaling通りが凄くてさ、もともと道の両側にぎっしり店があるところを、道いっぱいに出店が出ている。
もともと割と広い道に両側の店鋪合わせて4車線分お店が並ぶわけ、で、ひとはその間の狭い通路を行ったり来たり、もう歩いてると右にも左にも目玉が引っ張られる。
なにか物欲を激しく刺激されるようでいて、でもなんにも欲しくないような、いやそんなこと考える間もなく、あちこちから食べ物のいい匂いだし、熟れた果物も売り台に溢れかえってるし。
通路はひとでぎゅうぎゅう、ともかくも月曜の夜からこんな調子、週末はさぞや、だろうな。
夕食は屋台で「肉骨茶(バクテー)」ポーク.リブの煮込みスープ、といったところかな。
10年ぶりの味、で、やっぱりこれはすきだ。
簡易屋台だしね、これだけだったけれど、専門店で食べる本式の食べ方は、中国茶を小さい茶碗で何杯も飲みながら食べるんだよ。
きちんとした、でもままごとみたいに小さなお茶のセットにコンロとお湯の沸いてる薬缶をテーブルの上に並べてくれるんだよね。
KLも暑い、夜は夜で本当に暑い、昼間よりも夜のほうが喉が渇く。
StationHotel一階のレストラン&バー、ここはTigerBeerのドラフトが飲める。
天井が遥かに高く、広々した空間、響くざわめきはまさしく駅の構内であり「旅情」という言葉が自然に浮かんで来るのだ、ここに座っているとね。
料理の値段も安くて、街の屋台やらフード.コートとさして変らない、それすらも「旅情」を感じる一要素だった。
息子も含めた全員がここがだいすきになり、毎晩通うことになるのだ。
2004年8月24日(火):KL
早起きしてイ大使館へvisaの申請へ。
相変わらず、国によってその手続きやら必要書類などがまちまち、、これはホントになんとかならないのか、と思う。
そこから徒歩圏内にKL最大の高級繁華街があり、やはりBaliに暮らしているとたまにはそういうところにも行ってみたくもなるしね。
伊勢丹デパートやら紀伊国屋書店やらもあるし、世界一の高層ビル、しかもツインで、なんてのも出現していた。
そしてStarbucksCoffeeやらillysやらあるのが有り難い、実は珈琲だけは駄目なのだ、この国は。
何処で飲んでも、ホテルでさえも、、まるで泥水みたいな珈琲でね。
屋台や簡易食堂で飲ませるコピ.オというインスタント(ティーバッグならぬ珈琲バッグ+ミルク)の方がはるかにマシ。
いや、この国で飲むのならテ.タレと呼ばれるアイス.ミルクティーがいい、コンデンス.ミルクを使っているのだけれど、これが抜群に旨い。
息子にとっては今回の旅の恐くはハイライト、日系のデパートの玩具売り場へ。
迷いに迷ってSpiderMan2のLEGOセットとスーパー.ヨーヨー。
そのまま地下のフード.コートで昼食。
DuckRice、鶏ガラスープで炊いたご飯のうえにロースト.ダックがのっている、これも美味しいんだよね。
今回息子は良く食べる、マレィ、チャイニーズ、インド、ムスリム料理、、どれもインドネシア料理に通ずるものがあるからね、違和感がないのだろうね。
これがさ、Bangkokだと全然食べない、インドネシア料理とは明らかにノリが違うものだからね。
けれど香菜やら、あの攻撃的な辛さとかね、ぼくはかなりすきだけど、そりゃコドモにはキツいかもな、、タイ料理が大好物なんていうコドモはロコ以外じゃいないだろうねぇ、きっと。
夕食はホテルのレストラン。
色んなメニューを頼んで、みんなで少しづつ食べた。
どれも美味しかったけれど、MeeHunGoreng(ビーフンの炒めもの)がBeerに良く合って特に。
デザートに食べた巨大なホット.アップルパイ+アイスクリームに全員感激。
2004年8月25日(水):KL
午前中に再度大使館へ、visa受理。
今日はぼくが楽しみにしていたインド人街へ。
インディアン.モスクのあるエリア、、つまりはヒンドゥーよりもインディアン.ムスリムの方が多いのかな。
インド服、ムスリム服、生地屋の並ぶ通りが狭いのから広いのまで、とにかく色が綺麗で目が楽しい。
小型の百貨店みたいなのもたくさんあって、その中はさらにごちゃごちゃ。
もうそういう渾沌の中を出鱈目に独りで歩き回るのがぼくのなによりの楽しみ、けれど連れがいるわけで、ちょっと不満が膨らみそうになったところで雨、、かなりの降り。
ムスリム料理店の軒先で雨宿り、息子とアイスキャンディー舐めながら、前回家人と来たインド人街の時もこうして雨に降られたな、なんて憶いだしてた、今回はそれが三人なんだね。
昼食はおおきなインド、ムスリムのフード.コートを見つけてカレーとナンで。
さて、その後連れたちは近くにあったSOGOデパートへ、ぼくは2時間の自由行動。
ステージで着れるかな、と思って結構ディープなインド服など買ってみた。
安いんだよね、これが、セール品なれど400円くらい、半額ね。
夕食はチャイナ.タウン、すごく大衆的で、でも割と大きな店構えの中華料理店。
LemonChickinRice(これは件の鶏ガラスープ炊きご飯の上に中華風チキンカツ+レモンソース)と薄口スープ麺。
両方ともかなり美味しかった。
青島(チンタオ)Beerという中国ビールを飲んでみたけど、Tigerのほうが美味しいかな。
部屋のテレビでオリンピックをちらりちらりと観ていたところ、下のマレィ鉄道のホームにオリエント急行が暫く停車らしいと、、みんなでホームまで(何故か自由に出入り出来る)降りて行ってちょっと見学、、窓の中はね、まぁ映画そのまんま、というか、ネクタイ、イヴニングドレスの男女がレストランやバー車輌で一杯やってる、、こっちは半分寝巻きみたいなもので。
Singapole〜Bangkok間だそう。
2004年8月26日(木):KL
今日はZOO NEGARA(国立動物園)へ。
そういえば、暑い国の動物園の動物達、だれてるんだった、暑いから、、
熱帯の動物王国みたいなマレーシア、と期待したのだけれど、う〜ん、、ここはイマイチだったかな。
マラッカの水トカゲの方が我が目を疑うような臨場感だったよなぁ、あ、でも観たいと思っていたマレィ.タイガー観れたし、蛇なんかはかなり強烈だったかな。
昼食は何処でも良く見かけた「MarryBrown」というローカルのファスト.フード店、園内にもあった。
まぁ、こんなものかな、という味。
暑いし、疲れも溜まって来てるみたいだから家族は早めにホテルに戻って、ぼくは独りでチャイナ.タウン探検にでかけた。
夕方のまだ早い時間なのに、道はもうほぼ出店で埋まっていた。
ひとから見たら、いい加減な出鱈目ペースなのだろうけれど、そこはやはり自分なりの法則に乗っ取ったペースがあるわけで、これだといつまででもほっつきあるいていられるし、やっぱりすごく楽しいんだよね。
こういう時は、自分のため買い物というよりは、ひとのためになにかちょこちょこと買うのが楽しい。
で、そういうのを暫く楽しんだ。
KL最後の夕食はみんなのお気に入り、ホテルのレストランで。
明日の朝は4時には出なければならないし、顔見知りになったスタッフの子たちにも最後にバイバイしたかったしね、それは特に息子だったかも知れないな、なにかモテモテだったからなぁ、、
***早朝の寝不足タクシーで空港へ、、がらがらの高速道路だったから良かったけれど、妙な減速、車線変更繰り返すので、ふと横見たら寝てるんだよ、これが、、
で、叩き起こして、その後励ましつつ、なんとかKLIA到着。
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