故音耳袋=Act.9 、 JimHall /07.06. 2003/ N.Y

将来なりたいものはジャズ.ギタリスト、なんてことを言い始めてから10年くらい経っちゃった。
はい、なれてません、勿論。
ジャズがやりたいわけではないし、おまけに次から次へと面白そうな楽器が見つかってしまうので、なかなかジャズ.ギタリストになる勉強が出来ない。
老後の楽しみにジャズ.ギタリスト、にそろそろ切り替えるか、、。
と言うくらいギターのジャズというのが好きで、やはりWesかJimHall。
どちらも二十歳そこそこの頃に知って、当時の最先端の音楽にまみれながらも聴いていた。
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ただし例のごとくマニアではないわけで「Commitment(哀愁のマタドール)/ '76」「Conciert(アランフェス協奏曲)/ '75」この2枚です。他にも数枚は知っているけれど、全部は知らないしぼくにとっては充分なのでこれでいいのだ。
初めて「Commitment」の'Lament For Fallen Matador'を聴いてすっぽり落ちた。ハートの琴線が震えるというのはまさにこういうことかと、、そしてそのデリケエトな線は張力を失ってはらりと落ちた、、のか。
その当時、古い洋画を観ることにハマっていた。アメリカよりもヨーロッパだぜ、っていう空気が街に流れはじめていた。
イギリスのパンク.ロックを聴きながら古いヨーロッパ映画を観に行ったり、古書店でヴィアンやバタイユ探したり。
で、送っていたそういう日々のテーマにぴたりときた。挿入曲はTheClashやSham69であろうとも、全体を流れるトーンはこっちだった、とはいま思うこと。
いま思うとアメリカの音楽だったわけで、でもそういう分類には入らない最良のアメリカの音楽と思う。
ともあれ、青春は寂しくて悲しくて、切なく孤独、、と、そういうたくさんありがちな場面にぴたりときた。ときに拡がりそうになる虚無感を押さえ、そこを情感で満たしてくれて助けてくれた。

このギターの音色、メロディー、、人生でこの音を知る前と知った後では大分違う。あぁそうか、影響を受けた○○はなんですか?の質問の意味がやっとわかった、、多分こういう感じなのだな。
余りに美しいアンサンブル。ChetBakerのトランペットに痺れる。RonCarterのベースが物凄くいい。
べースは指板にフレットがないということをまざまざと、その映像が見える程のプレイでね。音符で言うとスラー、プレイで言うと、弦を押さえた指を滑らせるグリッサンドというやつ。

音色、、すべての楽器の音色が素晴らしい、音に「錆び」がある、そう錆びている。
ギターもベースもスティール弦、トランペットもサクスフォーンも金属、ドラムのシンバル、ハット、ブラシも、、それらが実際に錆びているというのではないけれど、そういうことからの連想もあるのだろうか、、。
錆、それはやがて朽ちてゆく予感、いわば未来の時間が寂しいという予測の動かぬ証拠。
そしてその錆は、過去〜現在までの甘く切ない時間が錆びたものなのか、、これが音に。

だから実は「スタジオ.トリエステ」も良い曲、名演揃い(特に'WhisperNot'が、、)のアルバムと思うのだけれど、音が溌溂とクリア過ぎる、音色や空気にこの「錆び」がなくてぼくには残念。
ところでこの「錆び」の感覚、ChetBakerの最後のアルバム「Let'sGetLost」が凄い、本当に凄いです。

これら「錆び」は、日本の侘び寂びの「寂び」とはかなり違うものと思う。
甘さやセンチメンタリズムを極限まで排したあの世界へは行かない。
何処までも堕ちてゆく甘くて悲しい毛布。もう明日なんか来なくったって構わない、このまま一緒に堕ちてゆきたいと思ってしまうような。
'Lament For Fallen Matador'の11分42秒はぼくにとっては余りにも掛け替えのないものだ。
そして「Conciert」の'Conciert de Aranjuez'も同じトーンを持つ。
でも香り高い淹れたての珈琲が傍にあってもいいな、という余裕は生まれるけれど、この19分14秒も世界が止まる。

ところで2年前の今日、ぼくはN.Yに居た。VillageVanguardというシロートのぼくでも名前は聞いたことのある有名なジャズ.クラブに行った。
その前にこれも有名なBlueNotesに行ったらばLarryCarltonの日で長蛇の列、、それほど観たくもなかったのでこっちに来てみたらなんと、JimHallTrioと書いてある、、!
1部2部の入れ替制で並ぼうかどうしようか迷っていたら、1部を終えた本人がドアから出て来た。
ものすごくおじいさんだった。
70年代のレコードジャケットでも、もう少しおじいさんっぽかったからね、一体いま幾つくらいなんだろうと思った。
年輩の女性に包まれるようにしてゆっくりゆっくり歩きながら、つむじ風の通りの角の向こうへと消えて行った。
なんとかお店に入れて、それはもうどきどきしながら待っていた。

Gibson.L-5に古そうな布張りの真空管アンプ。写真で見たことのあるあのセットがステージに置いてある。
そしてぼくの知っている、ずうっと聴いてきた、憧れてきた、震えてきた、あの音色が聴こえて来た。
もともと、弾きまくるというタイプのギタリストではなかったけれど、更に更に少ない音数になってた、それを慈しむように弾いていた。
息子か孫かという感じの若いドラムとベースのリズム隊だけれど、隙間に気を配ったデリケートな演奏してるなと思った。それが嬉しかった。
40分かもう少しの短いステージ、終わって控え室に帰る彼が目の前を通りすぎた、その時押された空気がわかるくらい近くだった、本当に本当におじいさんだった。

その2日前ぼくとKoh-TaoのBunはふたりで組んだデュオ、SonicBambooの振り出しをN.Yで終えて、、と「路上」風に言うと格好良いかと思ったんだけど、ともかくもそういうデビュー.ステージに恵まれた。
そういうことで気持ちがおおきく膨らんでいたときでもあったしね、その膨らみにしっかり住みついたN.Yの街、そのなかにJimHallは住んでいる。
でもその後の2年間はいろいろ大変なことがあったりで、自らが招いたことで荒波に揉まれて翻弄されて、だからこの2年間でその膨らみもすっかりしぼんでしまった。
なんでこんなこと書いてるかと言うと、JimHall聴きながら、あぁ、丁度あの辺りから2年になるのか、、と思ってね。
それを書きとめておきたかったのもあってさ。
そしてそのしぼんでしまったものをもう一度膨らませてみたくなったから。
去年の暮れくらいから少しづつその兆しを拾い始めてて、大事にとっておいてあるから、、

決して満たされることはないのは多分わかっているけれど、音楽家はその自らの音でまず自らを満たしてゆかねば、そうしなければどんどん空っぽの洞になってゆく、で、ゼロになってさらにマイナスなのか、、?と考えるとそれは恐怖。
想像もつかないことだけれど、たとえゼロになっても音楽や音の記憶は残ると思う、でもマイナスの世界はそういうものたちがひとつ、またひとつと失われていくような気がするからね。あぁ、これはホントに嫌だな。

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故音耳袋=Act.8 / 音楽の呪縛、B.イーノとコルトレーン。

環境音楽、という言葉とその意味を知ってえらく感心しつつ、ちょっと興奮もしたのは20代初めの頃だった。
そういう言葉が多分盛んに言われ始めた頃と思う。
それ以前、そういうものたちは現代音楽とも言われていたと思う。
とまれ、環境音楽というのはその語感も意味もすごく新鮮だった。
そこから少し現代音楽というものにも興味がでた、J.ケージ、T.ライリー、F.グラス、もう色々忘れてしまっているけれど、好きなのも、全然わからないのもあった。
いや、わからないのが大前提にあるので、それでもすき、きらい、、というのが正しいのか。
そのうちサティの「家具の音楽」にぶつかって、あぁそんなに昔の時代からあったものなのかと、、サティの音楽はやっぱり有名どころのものが聴きやすくて好きだけれど、その感覚にはすっかりまいってしまった。

いやブライアン.イーノだった、話は。
RoxyMusic時代はまぁアレとして、その後の「Another Green Wolrd」前後はかなりすきで、コンセプチュアル.アート直前のとっ散らかったコラージュみたいな感覚が面白いなと、後のアンビエント.シリーズを聴いて思った。
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そのシリーズの一枚目、78年の「Music For Airport」にはすっかりヤられてしまった。
「環境音楽というデザイン感覚」が凄く新鮮だった。
ただのロック少年がその音楽の向こう側にいままでと違う価値観を求め出した頃、、とはいま思うこと。
なんだかね、芸術への目覚めってところだったんだろう。
この頃にこういう感覚を取り込んだこと(非常に浅い理解、としても)はでもやはり、いまの自分にとっては大きい、影響をはっきりと受けていると思う。

一瞬にして世界を別世界に構築するのは音楽のなせる技。
これはある意味呪縛なのだろうと思う。
実は変化するのは目の前の世界ではなく、こちらの感受装置なわけだからね。

繰り返しの多い、だから反復音楽とも云うのだけれど、それがゆっくりと少しづつ変化してゆくわけで、デザイン感覚がよほどに優れていなければ心地よい環境にはなり得ない。
ロバート.ワイアットの弾く、アコースティック.ピアノの非常に美しい繰り返しのメロディーが見事にデザイン化されている。
プロデューサーというよりも、やはりこのひとは優れたデザイナーなんだなと思う。

昔、お気に入りのカフェでの昼下がり、この音楽がよく流れていた。
馴染みのあるいつものUbud村の昼下がりが変容する、何処にもない此処というものに変容する。
その此処は、それまでにこの音楽を聴いてきたどの場面とも繋がっている。
四次元上の非定点である此処。

とても静かに、震えるように静かに精神を揺すぶられる。
ゼリー状の精神神経が細かくとても微かに蠕動する。
あぁ、これは何時の場面だったのだろう、、

これはやはり呪縛なんだと思う。
だからね、何処の航空会社だか忘れてしまったけれど、飛行機が離陸の加速に入るすこし前まで、これを機内に流しているところがあって、それにはちょっと困ってしまった。

静の呪縛の最右翼がこれだとすると、動のそれはジョン.コルトレーンの「至上の愛(A Love Supreme)」だ。
これはJazz。
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Jazzはいまだに門外漢だし、コルトレーンはそれほどすきなSaxphone奏者というわけでもない。
けれどこれがある限り、と云うか 自分にとってはコルトレーン=「至上の愛」で、それ以外がない。
高校生の頃ロック喫茶というものに入り浸っていて、吉祥寺の「赤毛とソバカス」というところが根城だったのだけれど、ときどき気が向くと同じ地下フロアで隣にあった「アウトバック」というジャズ喫茶に入った。
一緒に行く友人が聴きたがるので、ぼくも何度もこれを聴いた。
いい音の大音量で聴かせるお店なわけで、最初はただただ至上の愛という「ジャズ」に圧倒された。
なにかもう押し倒されるような感じだったのだけれど、何度も聴くうちに少しづつ曲の構造みたいなのがわかってきて、これは凄いんだなと思うようになった。
口笛で、気持ちの裡で、Saxphoneの印象的なメロディーやリフを反芻出来るようになった。
吉祥寺の街を、高校の廊下を、NewYorkの街を、そうしながら歩く時は元気が出た。
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環境音楽の驚きは初めてのウォークマン体験、雑踏の街なかが音楽で瞬時に変容した驚きと同じものだ。
そういう初め、というものをいつまでも憶えてるものだけれど、でもあの驚きは最初だけのもので再体験はきかないのは残念だ。
ま、性体験やら、いや五感すべての体験はそうなのか。
体験が経験という歴史になって詰まらなくなってしまったことも多いけれど、それでもたかだかひとりの人間としては、世界はまだまだ無尽なのだろうと思う。

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故音耳袋=Act.7 / Unchained Melody〜永遠のロッカバラッズ。

アンチェインド.メロディー、です。
名曲で有名。
タイトルを知らなくても歌い出しのとこで、あぁこれね、となるでしょ。
あの映画で流れてたよなぁ、、とか。
3連のロッカバラッド。
つまりリズムがタン.タンタン、タン.タンタン、と1拍目にアクセントがくるやつをそう言うんだけれど。

バラッドはバラードを英語っぽく言ってみただけで、ではロッカがつくとどう普通のバラードと違うのか、とかは聞かないでね、知らないし、、いや、ロッカビリーから来てるとは思うんだけれど、上手く説明出来ないのでね。

でも3連のロッカバラッドは盛り上がる。
異性への愛が気持ち的にすごく盛り上がる、、
愛にもいろいろあるけれど、たとえば我が子への、ではないし、ペットへの愛が盛り上がるわけでもないし、ましてモノへの愛も盛り上がらない。
やはりここは異性への、なんだけれど、う〜ん、ぼくは結構そうだけれど、、まぁ、ひとそれぞれか、ともかくも盛り上がるのだ、気持ちがぐぐっと、こう、手は握り拳、津軽海峡冬景色、、いや、それとは違うバタ臭いノリで、、。

まぁ、イイか。

いやなんでこんなことくどくど書いてるかというと、先日友人の結婚式を仲間うちで企画して、BGM係をやったからなんだよね。
で、いろいろ曲を選んでいたら、やはり3連のロッカバラッドが候補に上がってくるわけ。
一番に上がってきたのがアンチェインド.メロディーでね、そういうCDが出したまんまになっているので、つい毎日聴いちゃったりして。

で、ここからが肝心な話。
この曲はライチャス.ブラザーズの50年代のヒット曲。
やはりオリジナルはいい。
品よく柔らかくソフトに盛り上がってゆく。
これを新婦入場のときに使おうかな、と考えた。
しかし、今回はいろんな紆余曲折を経て結ばれたふたりである、もっとエモーショナルな盛り上がりが欲しいと思った。
で、U2のカヴァーしたアンチェインド.メロディーにしたのだ(オリジナルはケーキ.カットのときに使いました)
実は今回の「故音〜」はこっちがメイン。
これが実に実に素晴らしいテイクなんだよ、もう究極のロッカバラッドになっている。
ところでこれは、いかにもU2らしい太いリズムとロックそのものと言いたいヴォーカル。
遠く、と言うよりも奥で鳴っているギター、うん、森の奥とか霧の奥とかさ、空間系か。
ロッカバラッドのロック、とかまぁ、呼び方はイイね別に。

これ89年の録音で「All I Want Is You」のマキシ.シングル(死語?)のB面らしい、ぼくはこれのCD盤で持っているけれど、アナログ盤があるのならばそっちで聴いてみたいね。(現在はこのCDも廃盤だろうから、もしこれを聴きたくば「U2 /The Best of 1980-1990」に収録されてる)
u2
U2と云えばベースだ。
太くてシンプル。
初期の頃はピックで弾いていて、やや線が細かったのがいつの間にか指弾きになって、どんどん太くなっていった。
88年のLiveVideo「Rattle&Ham」でぼくは完全にヤられてしまった。
カヴァーはあんまりやらないバンドだけれど、この時はのっけからビートルズの「ヘルター.スケルター」で、それがもう鳥肌ものでさ。
ベースのミストーンに、観ていて緊張感を最大限まで引き上げられてしまった。

U2の音はさ、ロックの基本中の基本の3ピースバンドの音、実にロックらしいロックなんだよね。

あ、ちょっと乱暴かも知れないけれど、LedZeppelinとの比較。
3ピースのサウンドに時折入れている控えめで霞のようなキーボードの使い方とかさ。
それに乗るロックそのもののヴォーカルもね。
そのシンプルさもストレートさも、スケールもだな、、まぁZeppelinのリズムは時に引っ掛けがあって複雑なことするんだけれど、でも全体としての印象はシンプルでストレート、っていう独特の凄さがあるけどね。
そしてZeppelinは性急、でもU2はゆったりとした流れの育ちかた、とか。
まぁ、この話はやめとこ、、自信ないし。

んん、ロッカバラッドだった、話は。
世の中にはいったいどれくらいのロッカバラッドがあるのか知らないけれども、それはそれはたくさんあるであろう。
男と女がいる限り。
で、なんとなくの世の習いで3曲をあげるとすると、あとこの2曲を加えたい。

「Fooled Around And Fell In Love / Elvin Bishop」
これは76〜7年あたりに出ているアルバム「Struttin' My Stuff」に入っていて、当時「愛に狂って」という邦題でシングル.カットされたけれどヒットせず。
このスタジオ録音盤も良いけれど77年の2枚組ライブ盤「Raisin'Hell」のテイクが素晴らしいのだ、もうこれぞロッカバラッドなのだ。
タメてタメてサビのコーラス部で何度か小さなピークをやり過ごして、最後に迎える本当のピークが凄い。
アメリカ南部の、カウボーイ.ハットにくりくりヘアー、赤いES-335.抱えた白人の元ブルースマン、この頃は最高にファンキーで土埃や枯れ草の臭いもして、、
ギターは勿論、声も凄くいいし、恐ろしく腕のたつ連中がバックを固めてる、ホント御機嫌なステージ。
Capricorn Recordsの'Capricorn Classics'のカタログに入ってます。
ElvinMott
さてもう一曲はでも、3連ではないのだけれどこれも永遠のロッカバラッド、、
「All The Young Dudes(すべての若き野郎ども)/ Mott The Hoople」
72年です、Londonに咲いた妖艶な徒花、グラムロック.ムーヴメントの立て役者たち。
最高のロックンロール.バンドだったけれど、ミドル〜スローのバラッドもいいのをたくさん残している。
「黄金の軌跡(モット.ザ.フープル物語)」っていうベスト盤がオススメだけど、まだ出てるのかな?

ホントはもっとたくさんあるけどね、キリないしね、で、最後に、、
ジェーン.バーキンの古い映画(多分70年代)に「ジュ.テーム」っていうのがあってさ、むかーし観てもう細かいとこは忘れちゃってるけどね、フランス映画だし、フランス語喋ってたと思うのだけれど、何故かアメリカの地方が舞台のロード.ムーヴィーみたいでさ、ショート.カットでT-シャツにジーンズ姿のジェーン.バーキンが凄く可愛い、野原でするりとジーンズを下ろしておしっこするシーンも凄く可愛い。
ゲイのカップルと3人でいつもつるんでいるだけれど、両刀使いの方の男と三角関係なのね。
でも全然大事にされていない。
誰もがでも、大事にされていない、想いだけが彼らの中を空回りしながら行きどころなく吹きすさんでいる。
田舎のダンス.パーティー会場の外に彼らはいて、中から聴こえてくるロッカバラッドがものすごく切ない、、そうなんだよ、ロッカバラッドっていうのは盛り上がって、そしてたまんなく切ないものなんだよね。

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故音耳袋=Act.6 /PhoebeSnow、 雨の日の、、

雨の時期は聴く音楽の傾向がちょっと変るんだよね、とか、いちにち雨の日に聴いていたCDのこととか、先日BBSになんとなく書いていて。
まぁ、傾向なんて大袈裟なものでもなく、なにしろ一年の半分近くは雨の島なので、そういう日によく聴くような音楽の話でも、、
photo/ame
今頃は毎日のように雨、まぁ、いつもの雨季なわけでそれで気が塞ぐってこともないけれど、ふいとアコースティックギターのストロークにころころ絡まるようなあの歌声が聴きたくなってさ。
PhoebeSnow(フィービ.スノウ)というひと。
それで1stの「 SanfranciscoBayBlues 」をいちにち聴いてしまった。
土よりも土地よりも、街の匂いの強い、だから街の音楽としてのジャズの匂いのするブルース。
これは盤を見たら1974年、実はジャケもなにも持ってきてはいないので、詳しいクレジットはわからないのですが、そのあとStuffなんかに繋がってゆくような渋めのスタジオミュージシャン達がたくさん参加していたような、、
いやしかし、ウェスト.コーストかな?N.Y.でなしに、、ならアサイラムのでよく見かけるようなミュージシャン?でもこれレーベルはシェルターだしな、やっぱ南部か?、、スイマセン、昔はそういうこと少しは知っていたのですが、もう忘れてしまいました、、

う〜ん、よく持ってきていたなぁ、、と感心したけれど、1stよりももっとすきだった2ndがない、、
そりゃそうだ、あれはアナログ盤でしか持っていないんだった。
あぁ、しかもタイトルも出て来ないや、、とにかく素敵なジャケットでね、多分彼女自身の子供の頃のポートレートではないかと思うのだけれど。
麦藁帽子に夏物のワンピースを着たやせっぽっちのちいさな女の娘が、黒い犬となにか布を引っ張りっこしているモノクロの写真。
まぁ、帽子が麦藁とか、夏物のワンピースだとかは定かでなし、の思い込みかも、、布はタオルなのか毛布なのか、はたまた落ちてきた洗濯物なのか、、
見開きジャケットでね、表が女の娘がなにか引っ張っているような柄、裏に返すと犬がなにかくわえて引っ張っている柄、で開いて始めて写真が繋がってなにしてたのかわかるデザイン。
レコードの頃はこういう遊びのデザインも良くあったな。
クラリネットの素敵なソロが入る曲があったな、確か' Ride The Elevator 'というタイトルではなかったかな、、でもこの2ndは街で聴いてこそ、な感じかも知れないな。

あぁ、ところでいつものように、ぼくのPhoebeSnowはここまで。
ここで途切れています。
80年代に出したやつは、すっかり太ってちゃって気の良い叔母さん、これ誰?みたいなジャケットのやつでさ、これが聴くに耐えない、、当時の流行りのサウンドがあれこれ出てきちゃう。
Policeっぽいのまで出て来て最悪、、
いやPoliceはpoliceで良いよね、10年20年たってもちゃんと残る音、PhoebeSnowの1st、2ndだってそうなのだ、だのになんでまた、、と悔しがっても仕方ないか、、

乱暴な結び付けかも知れないけれどRickieLeeJonesがおなじ轍を踏まなくて良かったなぁ、なんて。
1stの「パイレーツ」('81)がいいな、さっきまで聴いてた。

アコースティックギターに限らず、雨の日はさ、なにかひとが奏でるアコースティック楽器の音だな、自分で弾いてもいいんだけどね。
それと声、、なにか雨の日に聴きたくなる歌声ってある。

BobDylanの声は雨を連想させるね。
そういう一節のある小説があって、確か「雨が降りそうな声」と、、で、なるほどホントにそうだなって感心したことがあった。
' Hurricane 'や' OneMoreCupOfCoffee 'の入っている1975年の「DESIRE 」がいちばんすき。

雨の日はね、ちょっと此処には合わないな、なんて思ってしまってあった音たちがふいと蘇る、、。

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故音耳袋=Act.5 / PierreBarouhの頃、、

PierreBarouh/ピエール.バルー、です。
おフランスざんす、、
いや、古いね、こういう言い方。

シェ〜。

80年代の初め頃だったかな、いや、もう少し後だったかも知れない、流行ったんだ、このひとはじめとしてフランスのシンガー/ソングライターたち。

ともかくも最初はね、PierreBarouhが凄くイイとあちこちで噂になってて、騒がれはじめたのね、、で、ちょっと誤解を恐れず言うとさ、当時の東京のお洒落感覚をぐいぐい引っ張っていたミュージシャン達、曰く高橋ユキヒロとか鈴木慶一とか大貫妙子とか、、なにかその辺の人たちも口を揃えてそういうことを言っていたと思う。
そしてそれまではきっと手に入り難かっただろう音源が日本盤(まだレコードの時代ね)でぽんぽん出始めた。
で、その頃のぼくはと言えば、Punk,NewWaveの波をモロに被って、それまでの価値観、これは音楽だけにとどまらずだね、こころときめくもの、こころときめく人生、とかさ、つまり季節は芸術の秋を迎えてしまったわけで、その価値観がぐるりと反転したみたいな気持ちだった。
つまりは、真の芸術とは既存のものを打ち壊すところから始まる、とかなんとか、、未熟な頭なりにそういう観念的なことに音楽をきっかけとして反応していたんだな、と思う。
いや、けれどそれまでは芸術一般に対して価値観なんていうほどのものも持ってはいなかったしね、きっと、
だからあたらしいそれを手にした、の方が正しいのかな。

そういうアヴァンギャルド少年の孤独な散歩にはウォークマンは手放せなくて、PierreBarouhもその中によく入っていた。

ともかくもPierreBarouh、、
有名なフランス映画「男と女」の主題歌(作曲はフランシス.レイ)のスキャットの男声の方、とかそのくらいのことを当時知って、あのメロディーのイメージやら噂で、聴いたこともないくせにすぐに飛びついた。
70年代にすでに出ていたという2nd「サ.ヴァ.サ.ヴィアン」3rd「ヴァイキング.バンク」そして最新アルバムで前述の日本のミュージシャンたちも多数参加している「ル.ポレン」が続けざまにリリースされたのでね。
最初は正直言って、あれ?と思ったんだよね、フランス語の歌詩やら歌い回し、メロディーの乗り方というのかな、初めてそういうものとちゃんと向き合う耳には凄く異質だった、メロディーがあるようなないような、えらく平坦な感じがしたものだった。
そう、微妙なメロディーをすぐには聴き分けられなかったんだね。
曲のコード進行に対して、ぼくにとっては不思議な位置で歌メロがとられている、それがメインのメロディーなわけで、すぐに耳に馴染むとは言えなかったんだ。
けれど、バックの演奏の雰囲気とかさ、Bossaぽい曲調も多くてね、そういうものに惹かれて何度か針を落とすうちに、とうとう独特の歌のメロディー感覚みたいなのの虜になってしまった。
これはもう自分に対する勘そのものでしかないけれど、この虜感は一生涯のものっていうくらい強くてね、まぁ、幸せなことではあるけれど。

うん、PierreBarouhの頃、、まさにそういう言い方がぴったりくる。
80年代まるまるがね、そう言ってもいいくらいだな、、
パンク.ニューウェイヴ.アヴァンギャルド、そういう音楽やらアートの感覚を身に付けて、最後の仕上げにふわりと纏っていたかったもの、それがPierreBarouhだったんだな、といまは思う。
そうだ、あの頃はいろんなものに目覚めて、取り込んで、ただのRock小僧はなんだかちょっと育ったんだった。
イギリスの最新の音とフランスを真ん中にしたヨーロッパのいろんな感覚、そっちはどちらかというと古い時代のものがほとんどだったかな、、
ヴィアンやコクトーやバタイユに夢中になったり、ヌーベルヴァーグの古い映画や特定の時代以降の絵画とか、そういうのすべてがでも当時夢中になっていた音楽とあいまみえていて、時代の最先端のものになっていたわけであり、時も時代も順番もなくいちどきにぼくに向かってきていた、いやキていたと言うべきか。

PierreBarouhの頃、、うん、我ながらこの言い方は気に入ったな、ふふ。
当時ぼくの周りの友人達もそんな頃を迎えているのが幾人もいたな。
他にもいろんなフランスの音楽家を知った、、ヴェルナール.ラヴィリエ、イヴ.シモン、ジャック.イジュラン、J.バーキン、ゲンズブール、もっともっと、、あぁ「もう森へなんか行かない」は誰だったろう?、、サティだってそういえばその頃だ。
更に遡って、ジャック.ブレル、イブ.モンタンなんていうとこまでいっちゃってるやつもいたな、、
でもぼくはヴェルナール.ラヴィリエにも夢中になった、彼の「O.Gringo/異邦人(これはでも「他所者」としたほうがしっくりくるけれど)」は素晴らしい、とてもね。
お金がなくて買い逃した彼の2枚組のライブ盤(これの存在すらぼくには驚きだった)はもう一生出逢えることはないだろうと思うにつけ、いまでも悔やまれるんだ。

PierreBarouhの頃、、うつむき加減でいつも独りぼっちで遊んでいた頃、歩いていた頃。
そういうことがでも、すごく楽しかったんだな、と思う。
みんなが独りぼっちでそうしていたような気がする。
群れてはいるけれど、独りぼっち、そういうことがはじめて意識されて、はじまった時代なのかも知れない。
「独りぼっち」それを繋ぐギアはなにもなかった時代、、だから思いきり独りぼっちでいられた時代。
だからこそ少ない友人を大切に出来た時代、、約束の変更はききにくいから、それも今よりも大事に守られた時代。

さて、ぼくのPierreBarouhは80年代の日本録音の「ル.ポレン」までです。
このアルバムも本当に素晴らしかった、当時の日本の最先端の感覚とPierreBarouhがぴったりとマッチしている最高のバランス感覚だったと思う。
それまでどこにもなかった世界があった、そして参加しているミュージシャン達の素晴らしさは言うまでもなく、、
そうなんだ、この頃、PierreBarouhの頃の彼らは本当に素晴らしかった。
素晴らしかった、としたのは、その後はぼくはそのなかの僅かなひとたちを除いて、新しい音源を聴くことから離れてしまったのでね、、
ところでその後「シエラ」というアルバムや、企画もののX'masアルバムに参加したやつとか、映画のサントラへ参加したものとか、幾枚かあるのですが、どれももうぼくのものにはならず、どこかにしまわれています。
何故だろう?と思うとね「ル.ポレン」が良すぎた、、あの素晴らしきバランス感覚はもう戻ってきはしなかった、と言うことなんだと思う。
だからそれ以前のものだけが大切な宝物となっているんだね。

あ、90年代に1stの「ヴィブレ」がCDで再発されて(友人がプレゼントしてくれた)これはとても嬉しかったし、1曲目からスピード感のあるJazzyなやつで痺れたな、文句なく。
素敵に若々しい、清清しい。
それに名曲だなと思っていた「銃殺まで8時間」の別ヴァージョンが入っていて、これも絶妙なアレンジで感激した、なんていうことやらも付け加えておこう。
あ、PierreBarouhの来日コンサートはなんとmoonridersがバックについて行われたんだった。
確か芝の郵貯ホールで観ていて、でも同じ年に目白の椿山荘(いまはフォーシーズンズ.ホテル?かな)でも観たような気がするし、けれどその辺の記憶がとても曖昧になってしまっている。
moonriders関係のコンサート、水族館なんかも含めてね、足繁く通っていた頃だからいろんなコンサートの記憶が混じっているのかも知れない。
そしてどういう記憶なのか、そのころのコンサート会場のホールは何故だか何処も東京湾に近かった気がする、だから大抵は早い時間に出掛けて、埠頭やら倉庫やら工場やらの辺をたっぷり歩き回ってから会場に向かったような気がする、、ただの1回の記憶が膨らんでいるだけなのかも知れないのだけれどね。
気分で言うとね、moonridersの「青空百景」が出たばかりで、そのなかの大名曲「くれない埠頭」みたいな気分だったんだよ。

「世界」は、ほぼアメリカとイギリスしかなかった、なんていまを思えば嘘みたいなお話でしょ。
けれどあったんだよ、そういう頃もね。
だからね「PierreBarouhの頃」ぼくにはとっても大切な時代だったんだよ。

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故音耳袋=Act4 / アブナい四人囃子の旅。

四人囃子(よにんばやし)というグループをご存知だろうか?
1974年にデビューアルバム「一触即発」を発表している。
80年代にも、90年代にも、そしていまでも、聴くたびに驚いていた、アルバム。
そして今日も、、もう馴染み深い驚きを味わっている、30年も昔に20歳そこそこの若者たちがこういう音を作っていたということをね。
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とはいえ、針を落とした刹那、いまならPlayボタン押した瞬間か、、ハモンド.オルガンの第一音の出るまでのほんの僅かな連続する刹那、そうだ、その時間すらも、、
一気に持って行かれる、連れて行かれる、これこそは旅と言っていい。
ラストの「ピンポン球の嘆き」まで続く旅、、いやけれどまだ終わってはいないし、これはもう終わらない旅に誘われてしまったのではないか、とも思う。
そして、年を経るほどに前述の驚きがやってくる、あとからね。

ぼくは15歳だったか16歳の頃、この音楽に出会った。
一度で好きになった、痺れた、そして一刻も早く手に入れたかった、毎日この音楽に浸っていたかった。
けれどね、そのときはまだ気付いていなかったんだよ、それが「危ない」ということにね。
非常にシュールな歌詞、言い換えればドラッグ感覚そのものだけれど、森園勝敏のちょっと憂鬱そうな、でも淡白なユルい声で直接に日本語で語られるわけで、そうすると却って「危ない」が隠れる、でも隠れた水面下で、どんどん膨れ上がるようなね、、「危ない」が。
そこがヤバい。
四人囃子体験前と後ではすごく違う、その後の人生のナニモノかをそこで決定づけられてしまうくらいのナニカ。
つまりは年端もゆかぬものたちは「危ない」という危機感を持たずに、でも「危ない、妖しい故に魅力的なもの」は実に巧みに嗅ぎ分けて、そして溺れて行くものだ。

「空飛ぶ円盤に弟が乗ったよ」というシングル盤を挟んだ2ndアルバム「GoldenPicnics」も素晴らしかった、そして、ぼくの四人囃子はここまでなのです。
「GoldenPicnics」はたしかに凄くいい、のだけれど計算された「危ない」だった。
なんと言うか、危なくしてやろうという意図が少し見え隠れする、そして彼ら自身がそのノリに慣れて行く、作業的に、、そういう感じがする。
そしてはやくも、このアルバムで恐くは色んな意味で極北まで行き着いてしまった森園勝敏がぽんと脱退してしまう。
もちろん10代の頃はぼくはそんなこと思いもせずに、でも1番は「一触即発」2番は「GoldenPicnics」みたいに自分の中では位置付けられていた。
「一触即発」のあらかじめ予定されてはいなかった、でも完成してみたらものすごく危なかった、みたいな魅力を無意識に、でも嗅ぎ分けていたんだろうと思う。

当時ギターを始めて間もないぼくのギター.ヒーローだった森園勝敏。
Fenderストラトキャスターにテープ.エコー(多分RolandのSpaceEchoだと思う)ライブで聴くと凄かった。
リズムセクションとキィボードのリズムが凄くかっちりしていて、それに空間的なギターが絡まると凄く興奮した。
ぼくは後楽園球場で行われた「WolrdRockFestival」で観てね、夕暮れ深まった頃、ちょうど照明に灯が入った頃に四人囃子が登場した。
ただただ圧倒された、感動した。
�氓V歳のときにあった「WolrdRockFestival」日本の主だったRockBandは総出演、それにJeffBeckグループ、どうやらジョニーサンダースは抜けた後らしいのだけれどNewYorkDollsにMountainのベーシスト、フェリックスパッパラルディ、、
でもぼくのお目当ては初めてステージを観る四人囃子だった(と、J.Beckだな、まぁそりゃ勿論、、)
そのコンサートの模様の一部がラジオでOnAirされたんだけれど、偶然にも四人囃子の演奏と森園勝敏のインタビューが収録されてて(野外ステージの演奏だと、よくUFOが飛んで来るんですよ、なんてキマり声?で喋ってる)それを録音したカセットテープが奇跡的に実家に残っていて吃驚した、けれど保存状態が凄く悪い、こういうのはなんとかなるのでしょうか?もしご存知の方がいらしたら教えてください。

これ書きながらずうっと「一触即発」を聴いてる。
少しも古くならないし、独特の「和」の香りは、いま流行りのそういう感覚よりも鋭敏だ、和楽器を使っているのでもなく、ただ言葉や音の空気だけで表現している分ね。
この頃の詩は五人目の四人囃子と言っていい、末松康生というひとが書いている。
凄く叙情的だ、そして危ない。
この頃の四人囃子の世界は音と言葉で緊密に出来ている、未体験ならば是非味わって欲しいと思う。
「旅」だ。
できたら独りぼっちでね、、

ところで森園勝敏なきあとの、その後の四人囃子はぼくはあまり聴かなくなってしまったけれど、コンスタントにアルバムは出していたと思う。
ぼくもやはり気にはなるので機会あるごとに聴いてみたこともあるのですが、なんというか、ぼくの四人囃子は時代の先端のまさに磨かれた切先、だったのですが、何時の間にか時代が四人囃子を追い越してしまった、、
う〜ん、そうではないな、、わざと時代に先に行かせて、その少しあとを追うような音作り、というか。
でもぼくには物足りなかった。
ただし「PrintedJerry」というアルバムは随分後になって聴いたのだけれど、素晴らしかった「一触即発」と「GoldenPicnics」のエッセンス、つまり「和」とか「危ない」を程よくソフトに昇華させたというか、しかもVocal/Guitar(確か佐藤満と言う人、間違っていたらごめん)の声も歌い方も「えっ、森園復帰?」と思うようなね。
普通そんなだと駄目な出来になるところじゃない?でもね、凄くいいんだよ。
メンバー個々が素晴らしく音楽的だった、ということかな。

、、そうだね、70年代はアブナいロックバンドがたくさんいたな。
暴力や不良性の煌めく火花、まき散らしていた「外道」や「村八分」
政治的なアブナさの「頭脳警察」
そしてドラッグ的アブナさの「四人囃子」
うん、そうだね、でもどれもそういう一言で表せるもんでもないよね。
ただね、ひとつだけこれだけは言っていいといま思う、、
見えつ隠れつする、流れる時代の「危ないカルチャー」サブだったりメインだったりの、地下にせよ地上にせよの、脈々と息づいてきたものの、その始祖の一群の、さらにその流れのなか、紛れもなく彼らは激しくほとばしっていたよ。
ぼくはずぶ濡れになるまでそのほとばしりを全身に浴びた。
そしてそこが起点ではじまった「旅」の中途のひとびとが大勢いる、それは形を変えながらも増え続けてゆくだろうなってこと、そしてその始祖の彼らでさえがそれ以前の起点の旅の中途にいるということを感じられる、、
そういうことだ。

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故音耳袋 = Act3 / 遠国のJoe。

TheClashというバンドのヴォーカリストはJoeStrummer(ジョー.ストラマー)でした。
バンドももう随分昔に解散してるし、彼自身は2年か3年前に鬼籍に入ってしまったね、ぼくはこの村で、ホンの偶然何処かの新聞の凄く小さい記事でそれと知った。
そのときすうっと、気持ちが透明になった、、あぁ、そういうものなのか、と思った。

音楽、とか、その存在で癒す、癒されるなんていうすごい狭量な言い方で、でも敢えてわざわざそういう言い方がしたくなった。
何故なら、彼の音楽で癒された、いまでも癒されているひとが大勢いると思うから。
もうずっとずっと長い間、彼はそうしてくれている、ぼくにもね。

自分の音楽でを他人を癒そうなどときっと一度も考えたことはないだろう、そういう愚かさとは極北の場所に彼はいる、きっと今でも。

ぼくはもう、随分と歳をとってしまった、あの頃とくらべるとね。
大ヒットした「LondonCalling」が街じゅう何処からでも聴こえてきてた頃、、というのは勿論思い込みの記憶、けれどぶらぶら街を歩いて立ち寄る先ではそうだった。
街角でふいに聴こえてくるのがなんとも「気分」なロックン.ロール。
London直輸入のお金のかかったPunkFashionも、清潔な古着で決めた奴らも、もう観念が服装にまでキちゃってる汚いPunksも、、
ぼくもそんな一群のなかにいた。

真直ぐ立っているロックンローラー、時代に対して直立している声、硬直した姿勢。
それらは、さっさと逝ってしまったことでぼくのなかで永遠の声になった。

実際に観たことはない、いくつかのPunkムーヴメントの記録映像や半分ドキュメンタリー映画みたいだった「Clash in RudeBoys」で観た。
でもね、ぼくのヴィデオ.テープはどれも黴で駄目になっていた、去年帰国したときに気付いた。
だから彼の動く肖像もぼくのなかで永遠の存在になった。

歌い出す直前の表情、刹那の張りつめた空気、イントロでステージを踏みならす右足、テレキャスター、髪を逆立てたパンクスたちの中でひとりだけリーゼントにもみ上げのテディ.ボーイ.。
いきりたつ中途半端なパンク小僧を前にして、どこかの古いリハーサル.ルームで、ふいとこれまた古ぼけたアップライト.ピアノ弾きながら囁くように歌いだした古い古いロックン.ロールのスタンダード'GOODTIME ROLL'そういう映画の1シーンにいまでも痺れている。

声、、そう声なんだ。
彼の声。
たとえばね、L.ZeppelinのロバートプラントやU2のボーノの声は、Rockそのものだなって感じる、圧倒的にね。
でも彼の声はロックン.ローラーなんだよ、最高のね。
これはぼくのなかだけの「違い」であるだけのハナシだけれどもね、それでいい。

そして「癒し」
冒頭に冗談のように書いたけれどね、ホントに冗談じゃない。
癒し系、、ヒーリング、か。
何ごとも10年以上は早いToddが80年代にもう言ってたぜ、なにを今頃、ってもう終わってるのか?
そういやヘヴィー.メタルもパンクもToddが言い出したことだぜ、、おっと、このひとのことはまた何時か。

別に「癒し」は悪い言葉ではないしね、でもまぁ、こころが慰められる、でもいいか。
うん、こころが傷ついたときだって、身もこころもくたくたに疲れ切ってるとき、ちょっとだけ助けてよJoeなんて甘えたくなる、いまでもね。

そしてなにか特別な気分の日、こいつはうまく言葉で言い表せないのだけれど、、1年に1〜2度くらい、TheClashや彼のソロ.アルバムやサントラなんかを一日中聴いて過ごす日もある。
ご機嫌で寂しい日、人恋しいくせに独りぼっちで過ごしたいような日に、ね。

初期のClashの性急なロックン.ロールも魅力だけれど、中期〜後期にかけての、まさに渾沌、混乱したサウンドのなかで直立するJoeStrummerの「声」そしてそれらのなかに見隠れするロックン.ロールはまさに「救い」であったのだ。
ぼくはマニアではないので、色んな派生してるものやらは知りません。
ただぼくにとってのJoeStrummerはこのなかにいます。
*The Clash / London Calling
*The Clash / SANDINISTA!
*The Clash / Combat Rock
*JoeStrummer / Earthquake Weather

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故音耳袋、其の二/愛しのWes。

突然なのですが「三井奥様劇場」です、そしてなにか高名な?かどうかは知らないのだけれど、そういうJazzの評論家がこぞってコキおろすアルバムたちな訳です、今回は、いや、今週は(希望)
*A Day In The Life(1967)
*Down Here On The ground(1967)
*Road Song(1968)
WesMontgomery最後の3枚、3部作とかいわれたりもしてるのかな?
で、こんなのはただのイージーリスニングであってJazzでもなんでもない、とね。
初期、中期の所謂Jazz、なやつは誉めてるのね、で、その後どんどん駄目になっていって死んでしまったMusician、とかね。
まぁ、そんなことはどうでも良くて、、

この3枚はね、当時Jazzファンのみならず、一般の洋楽ファンも巻き込んで大ヒットしたんだって。

この時代のWesの独特なギター.テクニックでオクターヴ奏法(元祖)というのがあってね、ぼくはこの音色を聴くと一気に時が子供の頃に遡ってしまう、時を越えてしまう。
何故なら当時、確実にこれらの音楽を耳にしてるのね、、たとえば日曜日の昼下がりの床屋さんのラジオとかテレビの劇中とかさ、デパートのBGM、、多分きっともう色んなとこで。
そうだ、すごく特別なときだけに限り連れて行ってもらった喫茶店とか、、
こんなふうにWesと無意識に出会っていたんだと思うけれど、はっきりと「うん、これは凄く良い曲だ、誰なんだろう?」って思ったのが夏休み。
暇を持て余してた中学生の夏休みだったと思うけれど、実のところ、いつの、とはもう憶えてはいない。
でも「三井奥様劇場」です。
平日の昼下がりに毎日放映してたドラマの再放送番組。
確か「冬の旅」っていう暗いシリアスなやつで、主演はあおい輝彦だった、それを何故か毎日ひとりで観ていた。
で、番組の始まりと終わりに「三井奥様劇場」ってタイトルが出て、そのバックでRoad Songに入ってる'Fly Me To The Moon'のイントロが流れるのね。
短いけれど壮麗なバロック風ストリングスが終わってWesのオクターヴ.ギターがすうっと入るとこでF.Outしちゃうんだけどね、それが物凄く印象的だった。
ドラマに気持ちが入り込んでいたんだね、で、始まりは昨日の印象、終わりは今日の印象、そして明日は、、と連続してく印象の、後味や昨日の尻尾の音楽だったんだ。

その随分あと、20歳過ぎくらいのときかな、偶然それがウェス.モンゴメリーなんだと知った。
そうして初めて'Fly Me To The Moon'を全部聴いてね、良かったのは勿論だけれど、なにかやっぱり特別な感じがね、した。
なんだろね、もう2度とかえってこない夏休みへの感傷、とかなのかな。
ところで高校生の頃はさ、いちばん通ったのは吉祥寺の「赤毛とそばかす」っていうRock喫茶、でも時々はJazz喫茶なんてのも行くわけで、でもそういうところで聴けるのはWesの初期〜中期まで、だからWesのこと知ってはいたけれどもそれとは結びつかなかった。

いまはどれもCDで聴いてる、けれどそのもっと前に「A Day In The Life(ジャケットが素晴らしい!変な言い方だけれど、幾つになっても感じる憧れのオトナの世界がぎゅうっとあるんだ、うん、匂い、煙草や珈琲の匂いとかね)」と「Road Song」は持っていた。
で、去年NY.のEastVillageの中古レコード屋で「Down Here On The ground」見つけてさ、買ったんだ。
凄い嬉しかったな、4ドルだった。
「A Day In The Life」と「Road Song」は誰もが知っていそうな有名曲のカヴァーがとても多い。
Jazz特有の長いソロはなくて、Wesのギターがテーマのメロディを奏でるんだけどさ、オリジナルのメロディをどんどん崩してゆくのがね、もう凄くいいんだよ。
まさにJazz、凄く感じる。
たとえばBeatlesの「Yesterday」この崩し方はJazzそのものじゃないか、とぼくは聴くたびにシビれるんだよ。
そしてストリングス、というものをはじめて意識して聴いて「いいな」と思った最初のレコードだと思う。
ストリング.スアレンジはドン.セベスキーというひとが3枚とも担当している。

特にジャンルを定めずとも「好きなギタリストは?」って聞かれたら、迷わずこのWesとJimHallが出て来る。
JimHallもいつか此処で話したいな、NY.で偶然ライブを観れたんだ、VillageVanguardっていうそんなに広くないJazzClubでね、すごく近くで、とてもとてもおじいさんだった。

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故音耳袋:act.1 / 愛し愛しの10cc.

自分でお金を出してさ、買ったレコードとかCDは、やはりかなり愛しいのだよな。
初めて自分のお金でレコードを買ってから、もう随分随分、時がたって、、
いま、ふとその時間考えてみたら、レコードの時間、CDに切り替えてからの時間が丁度半分づつ。
でも、そうだな、、CDになってからは古いアナログ音源のCD化されたものや、レコードでは持っているけれど大切なものはやはり消耗するから、わざわざ同じタイトルのCD買ったり。
つまりは愛しの音源は圧倒的にアナログもの、になるのかな。
で、あんまり知られてないけれど、素晴らしい音源っていうのは、それはもうたくさんある訳でしょ?
もちろん、ぼくの好みの範疇内だけのハナシだけれど、いや、もう好みというよりは人生のある時期一緒に生きてしまった、と言うか。
で、そういうの絡めつつのオンガクバナシしたいな、と思ってね。
いままではさ、自分の発する音の話ばかりだったでしょ、やっぱりちから入っちゃうしね、そういうのヌケた話もいいかな、と。

ところで、いまCDで「10cc」を聴いています。
テン.シーシーと読んでね、70年代が最盛期のイギリスきってのPop グループ(実にイギリス的なロックンロールグループ、とも言えるな)。
3rd〜6枚目までの、どれも70年代のだね、年若き?友人がお土産にくれた。
タイトルで言うと「TheOriginalSoundtrack」「HowDareYou?(びっくり電話、っていう邦題がついてたな)」「DeceptiveBends」「BloodyTourists」
ことさらに「CD」としたのは、やはりここら辺のは当然アナログ盤で聴いていたわけで。
ただし白状しちゃうと、いくつかのヒット曲は愛聴していたものの、80年代に入ってから、再発見!みたいな気持ちで一生懸命聴き直していたのね。

でもなにかデジタルの音質の10ccもいいな、新鮮だ、すごく。
なんだろな、全体的な暖かみは失われずに、けれど音が少しタイトになった分、美しい部分がよりクールに美しく響く、というか、、なにか変な言い方だけど。
「TheOriginalSoundtrack」に入ってる、これはもう珠玉、名曲中の名曲'I'm not in love'で凄くそう感じたのね。
かつてぼくも使っていたけれど、リッケンバッカーのBassの独特の伸びない音色、やっぱりイイなぁー、なんてことも。
デジタル音質にいちばんぴたりときたのは「BloodyTourists」
ぼくの10ccベストアルバムはこれかな、、例のふたりはもういないのだけれど、彼らは「Godley&Creme」になってからがまた激しく素晴らしいので、それはまたいつかね。

で、突然「キリンジ」です。
驚いたでしょ?いや、ぼくも驚いたけれど。
「これ、日本で人気あるんですよ」って一緒に貰ったのだ。
相撲の麒麟児は好きだったが、なにか関係が?は聞き漏らしたけれど、ちょっとぼくの年代のひとには驚くような音ではあるまいか?
こりゃ、ブレッド&バターだ、と思った。
どんどん聴いていたら後期はっぴいえんど〜大瀧詠一ソロの流れ、とか、シュガーベイブとか、ティンパンアレーとか、はちみつぱい〜初期ムーンライダーズとか、いろいろ繋がって出て来た、もう、どれにも通底する、ボーカルの弱さが、かえって上品さを醸しているポップ、なんだよねぇ。
で、これら10CC、、ははぁ、なんてひとり頷く。
ところで10CCといえば出て来るのがSteelyDan、つまり極めてイギリス的なPopの10CC、対してアメリカ的小洒落た、でもヒネリの効いたPopでよく対比されてたのがSteelyDanなのね。
つまりはヒネクレ要素もかなりないとSteelyDanと10CCは比較されないのでね。
で、キリンジ聴くとまた、ははぁ、なんて思う。
SteelyDanなんだよね、まんま。

なので、今日はずうっと10CC聴きつつ、キリンジも、で、時々ははぁ、、なんてなってる。

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