お茶処 di Ubud = 11軒目 / 白鷺の村とむかし行ったレストラン。

Ubudっていうのはおおきく見ると町よりも随分高いところに田圃がひろがっていて、村全体の片側はそれにすっぽり包まれるようになっている。
気付きにくいけれどやっぱり山あいの村ではある。
車の通れぬささやかな山道が町なかから幾本かある、ずうっと登ってゆくと突然一面に田圃がひろがっていて目を奪われる。
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そういう道へとつながる石畳の細い道にロウ.バジェット.ツーリスト向けのレストランがあった。
そこへ足繁く通っていたのはもう7年も8年も前のこと、そしてそのお店はいまも変わらずそこにある。
BalinaLagoonRestaurantという名前だったけれど、看板を見るとLagoonの文字が消えている、いまはバリナ.レストランと言うのかも知れない。

ふた月くらい前のある晩、そのレストランを通り過ぎてずうっと登った田圃の奥の奥、そういうお家でのジャム.セッションに誘われていた。
ところでその日はPetulu村という白鷺の村へ写真を撮りに行っていた。
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ここには白鷺(チュウサギという種類だそう、公称数千だの数万羽、でも地元のひとに訪ねたら「たくさん」という答が、、)が棲息していて、この村に保護されている。
で、どういう様子なのかちょっと見て来て欲しいという、千葉県の海沿いで鷺の保護活動をしている友人から依頼があって。

ぼくはこの村へ行くのは初めてで、夕方はきっと鷺の乱舞がすごい、というイメージを勝手に抱いていたので良さそうな時間に息子をバイクの前に乗せて出かけてみた。
今日は幼稚園がハネたあと、夜遅くまでふたり。
Petulu村はUbudからバイクで20分ほどのさして遠くはない村なのだけれど、時間帯のせいもあってメインロードから村へ曲がるポイントを見逃してしまい、かなり遠くまで行ってしまった。
この時間帯はどうにも距離感が狂う、だから行けども行けども見つからないのに、どんどん先に行ってしまう。
走りながら虫捕り網と虫カゴ(売っていない)は一体何処で買えるのだろうかなどを話し合ったりしていたせいも少しある。
で、とっぷり陽も暮れて、ついにその日は見つからずへとへとになって帰って来た。
急いで楽器の用意をしてまたすぐに家を出たのだけれど、その日はそんなのでもう疲れていたし、楽器の沢山詰まった大きなバッグでバイクの二人乗りで、ささやかなとは言え山道だし、ちょっとそれはしんどいなと思った。バイクを降りた後の田圃の畦道も結構あるし。

、、それじゃあさ、なにか美味しいものでも食べて元気になってから行こうか、と話が纏まった。
そしてふいと、このレストランを憶い出した。
通り道っていうのもあったけれど、まさにここに足繁く通っていた頃は今晩みたいなセッションがあちこちであったんだよ。
ぼくがいまこうなっているのは、そういう時代をUbudで過ごして来ているから。
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ほとんど変わっていなかった。
ゆるい登りになっている道に沿って、石畳の道をやや下に見下ろすような感じで細長く建っている。
ぼくが何故この店が好きだったかと言うと、夜はお店の中は薄暗いのだけれど、暖かい光がそれぞれのテーブルに集まってくるようなね、手作りの素朴な卓上ランプがある。
ローソクでも灯油でもなく、ちゃちな電気のランプだけれど、これがすごく良い。
その光のなかでは10年20年などあってないようなもの。
自分の知っているBaliがそのなかにみんなある気がする、時間が見る間に集まってきて光のなかを飛び回る。
そういうのが、それぞれのテーブルごとが、世界。
プライヴェート感が濃い。ほとんどのテーブルがふたり掛け。でも偶然店が細長いからそうなのだろうと思うと気持ちがいい。
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今晩は息子が反対側に座っている。
椅子が低いので頭しか見えていない。
ぼくは昔はなかったと思う椰子酒の素朴なカクテルを飲みながら、サテ.アヤムを齧っているその頭を見ている。
勿論息子のことはだいすきだけれど、その晩はそんな光のなかでなんだかいつもよりもっともっとその頭が愛しかった。
巡り合わせの不思議さや絶対さを思っていた。

ぼくは1年ほど前に一度すっかり毀れてしまった音楽や音楽家である自分の瓦礫のなかから、まだちゃんと立ち上がれてはいなかった。
立ち上がりかけては毀れ、ぽろぽろと剥がれ落っこちてゆくカケラ見て無力感に苛まれていた。
朝目が覚めてしまった、、そのことだけで冷や汗が流れる。今日過ごさねばならぬいちにちを思って冷や汗が流れる、、そういう続いて来た1年間の日々のまた今日も続きなのだ、という。
それですべてがOKになる訳ではないし、実際にそうなのだけれど、でもそこから抜けるチャンスがこの晩のなかにひそんでいた。
いまそう考える。

幸せな気持ちをそのまま持って行った。恐らくは無意識にでも必死でそれ以外の感覚を閉じたのだろうと思う。必死でその晩は手放さずにいたのだろうと思う。
その気持ちのまんまで音を出す。
ふいと目をあげると、この家の子供と遊んでいる息子が見える。そしてぼくはぼくの出している音がすきだった。そして音楽がとてもすきだった。
とても単純で簡単なことなのに、忘れて一度手放すとなかなか戻って来ないもの。
思い出し、さらにそれを更新する感覚。

巡り合わせの不思議さ、偶然、そして絶対さ。
思い出したかったことが思い出せたこと。そしてそれらすべてが無意識上でなされなければならない訳で、でもそう出来たこと。
点は繋がり線になり、線は出会って面になり、面は立ち上がり、そして、、。

実はあの晩から今日までこのレストランには来ていない。いつまたここに来るのかはわからない。
その癖、もしなくなってしまったらきっとすごく悲しい気持ちがするだろうと思う。大事に思っている。

いまはこの道にもレストランや宿も随分増えた。
昔は道の入り口付近に2軒、あとはここくらいだったと思う。夜、狭い石畳の道をバイクでゆっくり登って来ると、暖かい灯りが見えてきた。
その佇まいがすきだったし、その中へ入ってゆけることが嬉しかった。
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あ、白鷺の村は翌日昼間のうちに見つけておいて、夕方もう一度撮影に行きました。今度は独りで。
動物の写真は難しい、しかも相手は鳥なわけで、あっと思った時にはもう飛んで行ってしまう、そしてポイントの何も無い無意味そうな写真だけが寂しく残る、デジカメだから何度も確認しながら撮り直し出来るけれど、フィルムの写真機だったらとうてい素人には無理だなと思った。

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お茶処 di Ubud = 10軒目 / お昼御飯の愉しみ、WarungNasi 。

さて朝御飯なに食べようか、と起きぬけに楽しみに思うことはまぁあまりないわけで、でもお昼御飯はあるね、そういうこと。
それはこちらの暮らしもおんなじで、朝はやっぱり慌ただしくそれどころではないけれど、お昼が近づくにつれお腹も空いてきて、さぁお昼はなににしようかな、、と思いはじめる。

外食の時は「裏道カフェ/食堂」の項で書いたようにRumahMakan(直訳すると家/食べる、で食堂のこと)がいい。
夜は知り合いが経営していたり、友人が集まるようなお店でちょこっと呑みながら、というのがやっぱりいいので、ローカル食堂はあまり行かない。
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で、自炊でもなく外食でもないお昼の時は、ローカル食のお持ち帰り弁当が楽しいのだ。
便宜的に弁当と云ったけれど、容器に入っている訳ではなくロウ引きの紙で太った三角錐の形に包んである。
包むはBungkus、御飯はNasi、なのでNasiBungkus(ナシ.ブンクス)と言います。
これは町のあちこちにあるWarungNasi 、御飯ものもやっているワルンで買う。
店先のガラスケースにおかずが数種類並んでいて、○○ルピア分、という買い方をする。
いまどきは4〜5000ルピアで、その店のおかずがほぼコンプリートで御飯の上に載った満足ナシ.ブンクスになる。
バリ系ならバリ料理の、イスラム/ジャワ系のワルンなら豚肉を使わないハラールの、と色々楽しめるし。
要するに大衆的インドネシア料理の代表格のナシ.チャンプールのお持ち帰りなわけ。

ところで実は、これの開き方が初心者にはちょいと難しい。
下手に開くとおかずや御飯がこぼれ落ちる。
なにしろ弁当なわけだから、家の食卓に限らず、道端だって、ベランダだって(ぼくはこれがすき)庭だっての、外も多い。移動中もあるしレコーディング.スタジオでも。
慎重に開いて、左の掌のうえに上手に載せて右手の指で食べる、、これが旨いんだよね。
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勿論面識もないし、Bali関係の書物の翻訳とかエッセイをお書きになっている(このくらいのことしかわからなくてすみません、、)大竹昭子さんという方の文章に、このNasiBungkusのことがあって、もう読んだだけで唾液線を刺激されてすぐにも食べたくなってくるショージくん級名文で、この方もNasiBungkusが大好物で、買うともう我慢出来ずにすぐにその辺の道端に座りこんで食べてしまうという。
読んだのは15年ほども前と思うけれどいつまでも憶えていて、だからこれを外で食べるたびに思い出す。
NasiBungkusに関してはこれ以上の文章はないだろうと思うので、それを紹介したいくらいだけれど、何かの雑誌だったと思うしその出自がわからない、で仕方ないので自分で書いている。

ところで在住者やロングステイの友人知人間でよく交わされるのが、最近旨いWarungNasi やパダン料理屋ある?みたいな会話。
この国のニ大テイク.アウェイもののもうひとつがこのパダン料理店のBungkus。
ぼくはこれもだいすきなので、これはこれで別の機会に。
しかしタイトルは「お茶処〜」だけれど、このところ御飯的になってきてるな。
まぁやっぱりおんなじエリア内でお気に入りのカフェが10軒も20軒もあるはずないしね、、

さて、店内で食べればナシ.チャンプール、テイク.アウェイするとナシ.ブンクスのこれ。
お店によって当然おかずの種類も味付けも違うけれど、自分の場合で云うとサンバルが好みの決め手になる。
ジャワ系の甘くて辛いのも悪くないけれど、ただでさえ美味しいバリの塩をたっぷり使った辛くてしょっぱいのがいい、もうそれだけで御飯が食べられるやつ。
ついでに上の写真のBungkus(目下一番のお気に入りワルンの)の内訳は、、
サテ.アヤム(焼き鳥)、クンタン.ゴレン(コロッケ)、茹でた野菜の和え物、テンペの甘辛揚げ、鶏肉、ゆで卵+甘辛サンバル、そして抜群に旨いバリ独特のサンバル.マタ(赤玉葱、大蒜、唐辛子を生のまま細かく刻んで塩とココナツ.オイルで和えたもの)もついている。
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Ubudだけでも相当数あるWarungNasi やパダン料理店、勿論全部制覇出来る訳もなく、お気に入りの店4〜5軒のローテーションをしている感じ。
でも村の外にだって旨いとこはあるわけで、どうしてもってな時はバイクで往復30分くらいは厭わない。
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ところで自炊をしないロングステイ派は台所なしのとこに住んでたりするから、食事の問題はなかなか切実らしい。
だからこういうひとたちにも大きな味方。
何軒かお気に入りのそういうローカル食店を知っていれば飽きないし、しかもブンクスするのが一番の安上がりだし。
Ubud村はやっぱり観光地だしね、他の町と比べるとそういうお店は少ないような気がするけれど、中心から少し外れてみるとちゃんとある。
揚げたり焼いたりの鶏料理や魚料理店、サテ.カンビンという山羊の串焼き(写真右下、旨い!)専門ワルンとか。
鯰の唐揚げ、豚の丸焼き、海亀の、、と。
こういうの適当に持ち寄って椰子酒(Arak)の宴を張るのも楽しい、地酒に合うのはやはり土地の食い物だよなぁ、、
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そんな時、もう7年8年以上も前のUbudのこういった安くて美味しかったお店の話で盛り上がった。
プリアタンにあったソト.スロボヨ、朝までやっていたグラミ(淡水魚)の唐揚げ屋、ナシ.チャンプルーのイブ.マデ、miniという名前のワルン、元祖Edy'sWarung、、もうどれもなくなってしまった。
救世主のように忽然と現われた日本人経営の魚屋さんだってあった。
Ubudで刺身が買えた夢のような頃は、でも一年とたたずに消えてしまった。

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お茶処 di Ubud = 9軒目、裏道カフェ/裏道食堂 * 2。

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前回のDewaWarungの他に、裏道に昼めし処がもう一軒ある。
こっちはローカルのお客の方が多い「Warung Made」
昼間はブンクス(包む、という意味で要するにお持ち帰りね)のお客さんが多いのでお店は空いてるけれど、食後ゆっくり珈琲でもって感じではない(あるけれど)ほぼ地元食堂だね。
その感じがまた良いのだけれど。
夜は店内で食べるひと、ブンクスのひとで、かなり混み合うのでなかなか食べられない。
昼間は時々見かけるツーリストもこの時間帯はいないかもね。
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、、実は味に関してはこっちなんだよ。
そうでないときも美味しいけれど、店主のMadeがいたらさらに抜群の味のナシゴレンが食べられる。
でも昼間はあんまりお店に居ないんだよね、、
ぼくの知っているなかではMadeのこれがNo.1ナシ.ゴレン、Ubudでは。
ナシ.ゴレンっていうのは屋台料理だと思うのね、もうそれ一筋って感じで、でかい中華鍋若しくは鉄板で、圧縮燃料の強力な火力でごごぉーっ、ぶわぁーっと作る。
この国のあちこちに行ったけれど、どこでも旨いのはそういうのだった。
で、ガラスやメラミンの安っぽい皿にどしゃっとぶちまけるように盛った出来たてのあちあちを口に放り込む感じで、、
、、という味にここのは近いのだ。
メニューはいろいろあるけれど、見てるとナシ.ゴレンのひとが多いのはそういうわけ、きっと。
しかも自家製のサンバルに関しても一番、テーブルに置いてあるので容れ物ごと持って帰りたくなる、ただしもの凄く辛い、ホントに辛い。

しかしさ、こうやって写真なんか撮ってあらためて見てみると、ほんとに簡素な作りだ。
入り口があって、申し訳程度、一応外とは分けてあるんだけどの、壁というか囲い、で柱に屋根が載せてあるだけ。
DewaWarungもそうだったけれど、裏道カフェ/食堂はこんなのが多い。
いや、こっちのレストランはランクによらず、こういうスタイルが多いか、、うん、広さとか建築材料の違いくらいの違いで、なにかこれは食堂のひとつの基本形だと思うね。
ルーツは当然貧乏な方にあり。
と云うか、熱帯、南国では当たり前の作りなわけで、広さ、材料の違いは貧富の違いでもあり、なんてのは何処の世界行ってもおんなじか。
夜は開けっ放しのとこや、竹の簾くらいは下ろしてあるところやら、で、厨房はさすがに室内になっているとこが多い、簡素の方はそれが住居スペースの方に繋がっていたりするね。
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裏道。
道はJalan(ジャラン)でJL.〜と表記されてることが多い、目安は車が通れる程度の道以上はそう言うね。
で、それより細い、バイク1台がやっと、のような路地はGang(ガン)で、もし名前があればGg.〜と表記されている。
あとはそうだな、たとえばその町の、とかそのエリアでもか、特に大きな通りをJalan Raya 〜と言うね、UbudだとJalan Raya UbudとJalan Raya Periatanの2本が交叉している。
これにJL.MonkeyForestを加えて、それらが囲んでいるエリアがいい裏道の宝庫。
他のエリアにも勿論魅力的な裏道、ガンはたくさんあるけれど、何処へも通じず途切れていたり、田圃や民家へフェイドアウトしていたりも多いから。
やはり裏道遊びはある程度の「町」を構成したところでないとね。
この囲まれたエリアを裏道、ガンを伝って出鱈目に歩き回るのはかなり楽しいのだ。
ぼくの場合はバイクでゆっくりと、それでも近道として通り過ぎるだけのことばかりだけれど、それでも大通りよりは余程楽しいし。
あ、夜は犬が恐いからぼくは通らない、徒歩では。
まったく昼間はあんなにヤる気の無さそうなヤツらが夜は俄然出してるからね。
けれど安価でカンファタブルな安宿は裏道だし、つまりは夜も異邦人(他所者)は歩いてるわけで、まぁ、うまいとこの距離、コツが互いにありそうだな。
時に在住者同士でも、夜の犬の上手いかわし方について話が盛り上がる。
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ところでこの写真、左上と右下の道。
よく見ると道にナニか横たわっているでしょ、カマボコ形の帯。
これが細い裏道ほどあちこち現われる、Polisi Tidurと云うものです。
Polisi (警察官)Tidur(寝る)という意味で、つまりは減速帯。
これがあるからお巡りさんは安心して寝ていられる、なのか、そのもの擬人化した意味なのかは不明、辞書には出てない言葉。
夜のバイク時など、これを見落とすと結構ツラい衝撃を味わうことになる。
これは比較的なだらかタイプだけれど、もっと鋭角のものもあるからね。
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夕方の裏道に食堂から屋台から、美味しそうな匂いが流れだして混じって、、
いつかはそういう、空気の動いているような写真撮れたらいいと思う。

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お茶処 di Ubud = 8軒目、裏道カフェ/裏道食堂。

dewa00Ubudはね、やたらと裏道が多くてなかなかそれが楽しい。
おやっと思うような洒落たカフェやブティックやら雑貨屋やらが、ひょっこりオープンしていたりする裏道もある、そういうのが流行ってきている。
裏道散歩の目線にいい感じにアクセントがつくから悪くないね。
自分が旅行者だったらきっとここで何か買ってるな、とかここでひと休みしてるな、とかね。
長く住んでいるし、新しく出来た○○○はいいらしい、とかそういう話は自然に耳に入ってくるので矢鱈と新しいところは試さないけれどね。
勿論昔ながらのなんにもない、ワルンくらいしかない道もあるし、ロスメン(安宿)が程よい間隔で散らばってるのも大抵は裏道。
裏道といっても道なわけで、かなり細い道でも大抵は繋がっているので、迷い込んでも何時かは何処か名前のある通りには出るので出鱈目に歩いても平気だし面白い。
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そういう裏道に昔からお気に入りの「Dewa Warung」がある。
カフェ、というか食堂というか、まぁ、どちらでも。
以前は違う裏道にあって、裏道から裏道へ移転したのはいかにもこの店らしい。
昔からバックパッカーには有名なお店で、夜はかなり混み合っていたけれど、いまはどうなのかな。
もうそういう時間には行かなくて、お昼御飯のついでに昼下がりまで、お店の空いてる時間にゆっくりしたりするほうがいい。
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幼稚園の帰り、息子とふたりでお昼御飯を食べて帰ることが時々あって、そういうときに。
やつも気に入ってる、ここ。
その理由は、崖を切り崩して作ってあるのでお店は道から3段の高低差がつけてあるけど、どれも地続きでちょっと砦っぽい。
だから仕切り程度の壁の上伝ったりジャンプしたりと遊べる、、怒らんないしね。
小上がりから下の道路眺めていると裏道歩きの好きな友人が通りかかって、ひととき上がり込んでお茶を御一緒してくれたりも。

メニューも安くていろいろあるけれど、お昼は普通にってことで、ナシ.ゴレンだのミー.ゴレンだのの普通のものが普通に美味しい。
昔は夜よく呑みに来ていたな、Arak(椰子焼酎)とサテやら簡単な炒めものやらが旨かった。

ちょっと変な言い方かも知れないけれど、ツーリストに拘わりのある、または拘わりあいたい地元の若い子たちとの接点のレヴェルにあるお店、そして知らないツーリスト同士のそれでもあるのは勿論のこと。
だから近所の大人やら子供、家族連れがやって来るローカル向けの食堂とは違う。

ぼくの知っているアジアの観光地には何処でもかならずこういうお店があって、取り澄ましたレストランよりは余程気持ちよく過ごせて、大抵面白かった。
まぁ、危ないところもあったし、そういう見極めは大事だけれど。
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昔ながらの、ロウバジェット.ツーリスト相手の食堂の味。
卓上サンバルはどこででも売っているABC印。
この変わらない味はやはり懐かしい味なんだ、その臭いの向こうからふいと懐かしい風が吹いてくる。
こういうお店にあんまり行かなくなっているうちに、ふと気付いたら、あれ?もうUbudではここくらいしか残っていないんじゃないかなそういう店、なんて思った。
きっと何処もそうなのかも知れないね。
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古い空気懐かしんでここに座ってるひと、自分もね、そうなのだろうと思う。

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お茶処 di Ubud = 7軒目/奥の影武者

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前回の「Ubud百景」で雨季のいちにちをいい気分で過ごしたのがここだった。
古くから有名なレストラン、だからこの写真見て、おや?と思う人も多いでしょ。
何故なら10月に一旦クローズして、通り沿いにあった以前のお店の脇から、ずいと田圃の方に入り込んだ場所に移っています。
これはクローズの日に撮ったもの。
もう内部は取り壊してしまっているし、前の建物の雰囲気について言及しても仕方ないけれど、安心して寛げるのに充分な長さの歴史とか時間が染み込んでいたな、、
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で、どうなるのかな、、とは正直思っていたのだけれど、すごく良かった。
ヌケがある、ヌケが良い、ひとことで言ってしまうと。
それは気持ちが良いことだ。
あちこちのデザインの根幹に潔さが見える、そういうセンスの持ってゆき方が気持ち良さに繋がって来ているのだろうか。
壁だとかそういう建造物で仕切るのではなくて、ただ直線を多く使うことだけで明確に風景からは仕切られている感じがして感心した。
それで充分なんだよね、、っていう。
うん、そういう分離感の良さっていうのはそこの風景全部のなかでかえって落ち着きがいいときがあるね。
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そのくらいで充分、やりすぎていない、っていうのは店内から見える風景もまさにそうで、なにか程よい大きさ、広さでね、田圃も空も。
ご飯食べたり、なにか飲んだりと寛ぎの時間なわけで、ひょいと外を眺めたときに絶景、、はちょいと疲れるしね。
そういうのは何処ぞの展望台とかでこころゆくまで味わうとして、やはり無理して飲食と合わせなくともいいのではないかと思う、目だって寛ぎたいので、目に余るサイズのものはなにか落ち着かない。
景色も飲食もなんとなく中途半端な感じでそういうお店から出てきたことってないだろうか?
まぁそれも個人的なバランス問題、か。
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田圃に向かってオープンエアのお座敷席、昼間は目の端に水すましの滑る影がちらちらしたりするくらい水面も近くてさ、夜になるとお座敷席は旧日の影武者の面影もあるんだよ。
田圃を渡る風が吹き抜けるのが、でも新鮮だ。
いまは凄く暑いシーズンだからそれがいいのだけれど、乾季になったらちょっと夜なんかは寒いんだろうな。
それでもこういう風の通り道になっているお店、っていうのがすきなんだよね。
きっとセーターでも着てやっぱりここでごろごろと寛ぐんだろうな。
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今回はなにか前回の追憶のカフェの気分の流れ、とか「島の雨季」の続編みたいになってしまったな。
そして、そう、ついついインチキ評論家に、、。
ところでUbudの色んなカフェでライブをやってきたけれど、どこもやっぱり車やバイクの音が気になるのね、でもここは通りからかなり入り込むので町なかなのに以外と静か。
いまやっている「Passion」は特に良く合うだろうからね、機会があったらここで一度演ってみたいな、と思ってる。

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お茶処 di Ubud = 6軒目/CafeMancingが昔あった。

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そう、もうそろそろ3年くらいになるかな、、CafeMancing(カフェ.マンチン)が失くなってしまってから。
不思議なCafeがあったんだよ、MonkeyForestTempleの、その森のはずれにね。
家からだと歩いて10分くらい、だから森に散歩に行った帰り、夕方まで(日没閉店)ひとときのんびりお茶を飲んだりするのがすきだった。
オーナーはちょいと偏屈で変わり者、でもぼくの友人でもあり、ディジュリドゥーの素晴らしいプレイヤーである。
けれど自分のためだけにしか、と言うか、ひとに聴かせるための演奏はしないので、どんなに誘っても決してライブなどでは吹いてくれなかったな。
だからぼくは「ディジュ隠居」などとからかったりもするけれど。
そして自分が住む家でも、お店でもなんでもほとんど独りで作ってしまう、、その遊び方がすごい、嬉しくなっちゃうほどおとなげないところがある。
もともとの端正な、モノ作りのセンスの良さを平気でばんばんはみ出すことをする、、そうするとその反するもの同士が凄い面白いバランスになるんだよね。
それがいちばん顕著に出たのがCafeMancingだった。

正面は田圃、あとの三辺は森に囲まれ、その一辺は鬱蒼とした崖がかなり下まで落ち込んでいる。
で、川のような池のような、水溜まりのような、なにかそういう曖昧な水の上にお店が建っていた、いや生えていたと言った方がいいかも。
なんだろ、高床式の質素な竹の小屋がいろんな方向に好き勝手に増殖したような。
そしてこの建物の最後は森に飲み込まれて一体化してしまうんだろう。

少年少女向け冒険小説、無人島に漂着、竹の砦、隠れ家、まぁ、言ってしまえばロビンソン.クルーソーの小屋がわかりやすいけれど、誤解を恐れず言うと(またこれだ、、)ひとまかせの無責任無国籍感も面白かった。
そう言えば、崖の向こう側の樹に的が吊ってあって、こっちからお手製のパチンコで打つ、なんて遊びも出来た。
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あちこちに遊びがある店内、写真左下はトイレへと続く飛び石、下は池なので、釣り竿を借りて釣りもできた、結構よく釣れたな。
Mancing=釣り、つまりは釣り堀カフェという意味になるね。
トイレは一応の囲いがあったけれど、崖側はオープン、ジャングル眺めながら足す用もなかなかだった。
左上はCafeMancingのアトラクション?いちばんの呼び物である吊り橋の説明板、クローズの時になにか呉れるというので、ぼくはこれをねだって家で使っている、実は裏側が鏡なんだよ。
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写真右上は2階席、椅子は吊ってあってゆらゆら、隣は哲学書を読む彼の常席。
彼はいま何処にいるのだろう、、あぁ、そうだよね、きっと森の奥へ帰って行ったんだよね。
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三層構造であちこちに客席スペースが散らばっていた。
写真左上は1階席の離れ、と言う感じで崖の上に張り出していて、短い渡り廊下を使うここがいちばん隠れ家っぽかった。
よくこの席に買ったばかりのi-Book持っていって楽しんだ。
モニターを見る目の端にちらちらするのはジャングルの影、、
アフリカン.パーカッションやらフェラ.クティ、アート.ブレイキーなんかBGMでよく流れてて、そう、森がジャングルに変る一瞬、そういうの感じて、すごい気持ちの良い時間だった。
スピーカーを崖下に向けた外の中空にセットしてあって、大きな音量ではなかったので、うまい具合に風や空気の音と混じって耳に届く感じでね、生き物のたてる音やらなんやらの自然音を決して邪魔しないで音楽を溶け込ませる感覚って、そういやいま考えると凄かったよな。
で、右上が問題の吊り橋、、これは3階席から崖を越えた向こう側の高い樹まで架けてある。
川の流れる崖の底までは15〜20mくらいあって足がすくんだ。
架けてある樹はそんなに太くはなくて橋も結構揺れていたし、渡り切った先の樹の上の展望台もね。
ぼくは高い所があまり得意ではないので、一度きり往復しただけだけれど、完全に「無」になれた時間だった。
左下はトイレ方面から眺めた1階席の一部、森に隠れて全体は撮れなかったみたいだね。
右下はオープンキッチン、盛り付けや食器なんかも御隠居のセンスが隅々まで行き届いていた。
古い写真を見ていたらCafeMancingのシリーズが出てきて、あぁ、追憶のカフェなんてのもいいな、なんて思ってこれ書き始めたんだけれど、もっとたくさん小さい風景の写真撮っておきたかったな、なんて思う。
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正面の田圃がこんな感じに暮れてゆくと、そろそろ閉店時間。
昼下がりから夕方にかけて、随分といい時間を過ごしたものだと思う、いつでもそうできた頃は特にそれについて考えなかったけれど、こうして時が積み重なってしまうと、段々と固くなってゆく積層から取り出して、時々上の方に移してやりたくなる。

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お茶処 di Ubud=5軒目/ManggaMadu食堂。

ManggaMadu(マンガ.マドゥ)です。
マンガとはマンゴーのこと、マドゥは蜜、、つまり凄く甘いマンゴーの種類がそう呼ばれている。
良い名前の食堂だと思う、そう実はここ、ぼくにとっては「昼めし処」
新しいお店です、ぼくは2ヶ月ほど前に知っていまだに3日にあげず通うざま。
photo/m-m1
開店当初から噂の食堂だった。
何故かと言うと、Ubudの目抜き通りに「Dian」というツーリスト向けの安くて美味しい、つまりは信頼出来るレストランが昔からあってね、でもそこ仕切っていたお母さんが息子夫婦にもうお店をまかせちゃって、引退してたのね。
けれど料理好きの血はおさまらず、ってやつなのかな、自宅の敷地内でまた始めちゃった。
そういう噂はさ、Ubudが長いひとにはぴぴっとくるわけで「ならば、マチガイないだろう、、」とね。
で、勿論マチガイなかったよ。
しかも場所が場所だけにほぼローカル向け、料理も値段もね、なんたってワルンなわけで。
ところで、お母さんはバリ人ではなく、ジャワ人。
なので、ジャワ料理が食べられる、有名なナシ.チャンプルーだって当然ジャワ風。
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ところで写真にはないのだけれど、ぼくのいちばん好きなのは「Rawon(ラウォン)」というビーフ.スープ。
こればっかり頼んでるかも、、
ぼくが思うにね、ジャワ料理の真髄はこういうスープ類にあるのだ。
鶏のSotoAyam、オックステールのSotoBuntut、牛のモツをココナツ.ミルクで煮込んだシチューと言ってもいいようなSotoBetawi、山羊のモツ.スープのGure、、旨いスープがいくらでもある。
写真左上はAyamGorengLalapan、フライドチキンだね、息子はいっつもこれ食べたがる。
皮カリッで中ジューシー、右下はCaKangkun、空芯菜の炒めもの。
もうここで紹介する料理はいちいち言わないけど全部「ホントに旨い」からね。
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右上は自家製の「Sambal(チリ.ソース)」これはさ、インドネシア料理には欠かせないもので、自家製かどうかで、ぼくなんかは食堂のレベル決めちゃう。
市販の瓶入りサンバルがテーブルに見えるとこはなるべく入らないし。
でね、ここはなんと料理によって添え分ける2種類のサンバルがある、、これには感動した、そして流石と唸った。
左下は「TahuGoreng」揚げ豆腐です、これがまた、、

ところでさ、昼めし処。
勿論ここは朝から晩までやっている。
けれど、ぼくのなかでは昼めし処、っていうのが固定してしまってる、ここで晩ご飯のイメージが沸かないんだよね。
何故だろう?と考えてみたら、お店から見える景色とか、吹き抜ける風、光の具合とか、、なんだろ?空気に関することばかりが、全部「お昼」なんだよね。
自分の皮膚感覚が「ここは昼めし」と言っている。
はは、単なる思い込み、決めつけ、とかそんなもんなんだけれどね、曰く、昼めしには「ヌケ」の感覚が合うんだよ、、とかなんとか。
この「ヌケ」感は実際にそこで過ごさないとわかんないけど。
で、忙しくない日はご飯食べたあと、珈琲など飲みながら昼下がりをだらだらここで過ごしちゃう。
これ、かなり気持ち良いんだよ、中2階のごろごろ出来る席でね。
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左上「EsSodaGembira」これね、この国独特の飲み物、、コンデンスミルク+果物のシロップ+無糖ソーダ水なんだけどね、ここのはライチのシロップでなかなかイケる。
暑い東南アジアの国々にはこのコンデンスミルクの食文化って根付いてる。
普通は牛乳使う場面も、ほとんどがこの練乳を使う。
なにしろ暑いわけで、屋台なんかは当然冷蔵庫なんかないし、ローカルの食堂なんかでもたいてい練乳。
牛乳なんて使ってたらあっという間に傷んじゃうものね、だから「持ち」の問題と思う。
ところがさ、この練乳使ったものってコクがあって美味しいのだ。
シンガポール〜マレィ〜タイあたりの屋台や食堂で飲ませる、呼び名はいろいろあれど要するに「アイスミルクティー」、、たっぷりのクラッシュアイス+濃く淹れた紅茶+練乳なんだけれど、実に旨い、コク、風味ともにね。
かき氷に練乳使うのは日本も一緒だね。
左下は「Kulpuk」と呼ばれる揚げ煎餅みたいなもの、これはいろんな味、形態がある。
これもワルンのテーブルには欠かせないもので、お客は勝手に取って食べるのが流儀、で、お会計の時に自己申告する。
で、これはここの自家製のやつで抜群、、こんなの齧りながら、午後のお茶のひとときをのんびりだらだら過ごすの、かなりいいと思う。
右下は有名な「NasiGoreng」焼飯ね。
これは広くインドネシア中にある、故に、色んな味と色があるのだ。
ぼくも色んな味を知ってるけれど、これは田舎よりも、都市部の屋台で食わせるのがいちばん旨い、なるべく火力の強力そうな屋台を選ぶのだよ。
どうも最近ぴりっと辛いNasiGorengがなくて、、と思ってたとこだったからね、ここのはちゃんとぴりっ。
photo/m-m5
左上「ここで手を洗えます」と書いてある。
庭にある非常に可愛い手洗い場、その隣にManggaMaduのちっちゃい樹が生えてるよ。
ところで珈琲も良いけれど、機会があれば是非アイスティーの砂糖なし(エス.テ.タワールと注文してください、件の練乳は入れません)を味わって欲しい。
ジャワからわざわざ取り寄せている「ホンモノのジャワ茶」で、ちょっとバリではお目にかかれない風味、味わい。
おっと、場所は「MayaUbud」へ向かう細い山道の入口からちょいと入った右側です。

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お茶処 di Ubud=4軒目/Ubud Raya

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Ubud Raya(ウブド.ラヤ.カフェ)です。
古い、とは言わないけれど、18年の歴史というのはやはり凄いな、と思う。
ぼくがこっちに来だした頃の少し後、もうこのお店があったなんて。
日本料理店(バックパッカーの子たちは'ジャパレス'なんて言うね)として「影武者」とともに、この村の移り変わりをじっと道端で見つめてきたんだろうね。
前回のSoviaは食事とお酒、でもこっちはね、食事と珈琲なんだよね。
どちらもがとても良いのだ。
水餃子とカツ丼、とかアボカドの中華サラダでビールをちょびっと飲みながら、あとで肉ジャガカレー、とか、つまりはあったかい日本食のご飯が待っている、というわけ。
そして食後の珈琲がまたとても良いのだ。
珈琲部門のアグースさんがこころを込めて(これ、比喩ではなくホントにそうなんだよ)淹れてくれる。
そう、このアグースさんと奥様のとし子さん(ご飯部門)この御夫婦のファンなんだよね、ぼくなんかは。
photo/raya1
そういえばSoviaの時にも書いたけれど「性善説」、、結局はそういうことなんだと思う。
美味しくご飯が食べられる、美味しくお酒が飲める、珈琲の味わい、、どれもがさ、ゆったり気持ち良く。
それはさ、そういうのはさ、勿論技術もあるのだろうけれど、最後は「ひと」が醸すものなんだと思う。
そういう「性善説」を信じちゃってもいいでしょ?
ぼくはそういうお店に行くし、思い返せば、そういうお店ばかり、ご飯を食べたりお酒を呑んだりしてきたもん。
けど、一日じゅう「性善説」じゃ過ごせない、さりとて「性悪説」との二元論で判ずべきことでもなしの、ひとは行ったり来たり、狭間、ゆらぎ、様々色々、、。
真実はそれらすべてに存在するじゃない?、、さて、珈琲でも飲みたいな、お腹空いたな、呑むか!ってなとき、でも「性善説」選ぶのはまったくこりゃ普通のことだった。
photo/raya-3
さっぱりした「性善説」だからさ、これは気持ちの負担が少なくていい。
自分の判定(そのゆらぎさえ人生の味わいかな、と思う)次第の気楽な思いのね。
お店とお客の関係ってこういうことだったのかぁ、なんて今頃気付いてる、いままであんまり考えたこともなかったからね。
ふふ、日本だとさ、お店(呑み屋だね)とのひりひりした関係がどうのこうの、、なんていう声も聞こえてきそうだけれど、、曰く、ストレス発散しつつ、同時にまた違うストレスを溜め込むために呑みにいくのだぁ、、なんていう都会のアブナイ遊戯、とか。
でも、ここはそういうの似合わないしね。
photo/raya2
そしてそう言えば安いのだ、普段でもここは、Ubud Rayaは。
それなのに金曜日は食べ物がすべてRp10000になってしまう、、今どきカツ丼がこの値段で食べられるのはこの島でここだけ、これは断言しちゃうね。
日本語の書籍も大量にある(*写真左下、だけどもっとあります)勿論貸し出しもしてくれるからね、持参の本も読み尽くしちゃったツーリストにも。
photo/raya4
あ、場所はね、Bali島内を網羅するシャトルバス、プラマ社のUbudターミナル近くです。

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お茶処 di Ubud(お酒、食事編)=3軒目/Warung Sovia

「ワルン.ソフィア」と読みます。
この家の大切な大切な三人の子供達の名前がひとつに集まってSovia。
photo/s-4
お茶処、ではありません。
ここはひとによっては酒処、とか、お食事処だね、ぼくは両方。
ちょこっと飲みながら安くて美味しい日本の家庭料理風夕食を食べられる。
Bremというライス.ワインが旨い、ぼくは赤米で作ったピンクのやつが好み、ここのは甘くない。
けれど、時々ちょい甘い出来のときもある、そういうときはビールで割ると旨いので、それも結構。
photo/s-2
ところでここは、昼間はワルンなんです、ごく普通の、ところが夕方からそういうお店になる。
それでもとっても地味な店構え、、なので見逃しちゃうかも知れないな。
ここを一言で表わすとしたら、、「性善説」ってことか?
まぁ、ごく個人的にそう思う。
理由は色々あるけれど、とくに書き立てはしませんので、もしその味わいを知りたくば、実際に行ってみてくださいね。
photo/so-1
「Blanco美術館のとこの、昇りつつぐいーんと曲がる凄いヘアピンカーブ(ここでバイクがエンストするとかなり泣ける、、)をさらに昇り切った正面です。
ここはPenestanan村の入口で、ずんずん村の中に入って行って、ぐるりとUbudエリアの外側を半周して町中に戻るコースもある。
うちなんかはその途中にあるので、暗くなる前はそっちコースで行くんだ、でも陽が落ちてしまうと、コワイ。
村のなかの狭い道のカーブの多い昇り下り、かとおもえば突然田圃がひろがったりで、昼間は素晴らしい景色なんだけどね、夜がコワイ。
村の外は街灯もないし、人魂の名所(写真右上、奥の椰子の林の辺り、ただし日本の人魂の概念とは違ってこっちは呪術師同士の戦い)やら大男が出ると言う噂の場所も(写真左上、右下、夜は真っ暗)

ところで有名な話ではあるけれど、ぼくは以前はすごい酒飲みでね、、でも肝臓、で、それに伴い精神もがかなり酷く毀れてしまった時期があって、ずうっと止めていたのね、、そうだな3年と少しのあいだ。
でも、この店でちょいと思い出してしまったのだ、遥か昔むかしのお酒の味わい、つまりは何時からそうなってしまったのかはわからないけれど「すごい酒飲み」になる以前のあの味わい。
ちょこっと飲みながら食べるごはんは美味しい、ちょこっとした小鉢つつきながら、だんだんおかずにいって、でもいい加減なとこでお酒は止めてごはんにいく。
これが楽しい。
でもそうやっていくうちに、ごはんがカットされ、おかずが小鉢が段々省略され、最後はただ飲むだけという、あとはもう知らんという。
さすがにもう一度この道行くのは、はうんざりする、出来ない。

しかしこのいまの味わいは、もしかしたら自分には新しい感覚なのかも、とも思う。
かつてそういう穏やかな飲み方を本当にしていたのだろうか?
いやいやこれは思い込みの偽の記憶だろうな、、だって若い頃はしないよな、そういう飲み方は、、もっと勢いというかそういうのがあったはず。
うーん、けれど最近はこうやって円熟した控えめで清らかな、なにかそういう感じでいけてるかも。

「楽しい」をいかに見切るか、そしてその後の終わり心地を楽しむ余裕というかなんというか。
なんてね、こういうことを言う歳になってきたのか、、しょうがないね。
photo/s-3
あぁ、なんだか話が逸れちゃった、でもまぁ、そういう飲み方の出来る、勿論食事もか、しかもワルン値段、、この島では多分ここだけと思うし、しかもこの村ならではの味わい、とも思うんだよね。

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お茶処 di Ubud/二軒目、、珈琲と出会う。

'Cafe Angkasa'アンカサと読みます、宇宙という意味。
photo/an-1
*窓からは道挟んだ向こうにUbud王宮の門が見える、夜はライトアップされていて綺麗、その上に昇って来て掛かる満月もいい。
道沿いの席ならば何処でも見れる、しかしベストは写真右上の席。
photo/an-2
そうだな、こっちに来て自分の家以外では恐くいちばん多くの時間過ごした場所、かな。
バイクで10分弱、うちはお客さんは中庭兼台所兼居間で寛いでもらうのだけれど、その続きの間でもあったんだ。
人を介して、待ち合わせて、そして偶然に、、そういう色んなシチュエーションで沢山のひとに会った、ここで。
そしてオーナーKotetus氏のご好意で、ライブも随分やらせてもらったな。
photo/an-5
ところでUbudでちゃんとした珈琲(ローカルのBali珈琲は除いて)は、今でこそそれほど探すのに苦労はしない、けれど、ここはその先駆けだったんだよ。
けれどぼくは珈琲には興味がなかった、ミルクティーと酒ばかりを飲む生活だったのだ。
それがある時、アルコールで身体の調子を酷く壊しかかっていてね、これはもうこれ以上の酒はヤバいかな、ってときにアンカサに座っていて、仕方ないので生姜茶でも飲むかぁ、でもここで飲むアラック(40度以上ある地酒でね、椰子焼酎)がなによりの楽しみだったわけで、あぁ、寂しいなぁ、、なんて思ってた。
photo/an-4
そしたら目の前に座っていた友人が頼んだ珈琲がふいと目に入った、、淹れたての珈琲の真っ黒な水面がゆらりと揺れて、ふわりと真っ白な湯気が流れた。
そしてそれを身体に要求された、頼まされた、という感じだった、まさに。
ミルクも砂糖もたっぷり入れたものしか飲まなかったぼくのなかに、するするとなにも入れないブラック珈琲が流れ込んで来た、どこにも引っ掛からずに滑らかに。
初めて「旨い、、」と思った。
珈琲には幽かに「魔」がある、そういう飲み物だということを知った。
そしてそれがまさに「逢う魔が時」だった、、とは出来過ぎ、もっと遅い時間でした、はは。
photo/an-3
そういえばオーナーのこてっちゃんのこと、、
勿論大切な友人ではあるけれども、変わり者。
本人はまったくそうは思ってはいないところが何よりの証拠でね、アンカサはそういう「コテツ的」に満ちている。
サラダのドレッシングがものすごく酸っぱいのもコテツ的なら、カウンターの椅子の座る所が凄く小さいのもコテツ的、、とかまぁ色々。
そういう「○○的、、」というのがすごく大事なこと、と思うんだよね、カフェやレストランの激戦区Ubud、当然うるさいお客さんもきっと多い、うん、頑張って欲しい。

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お茶処Ubud / 一軒目の其の二。

photo/uu
で「お茶処Ubud」では、カフェ好きのひとたちのための、まぁ、雰囲気だけでもちょっぴり。
こういうワルンはいたるところにあります。
で、ここはぼくが一番よく行くお気に入りのワルン、週に3〜4回用事のある場所の隣にあるので、つい寄ってしまうのね、Ubud/クトゥという地区にあります。
そういえば、ワルンでのお作法、、まぁ、珈琲とかお茶はそこのイブ(おかあちゃん)に頼むけれど、冷たい飲み物は冷蔵庫があればそこから、なければ氷の入ったアイスボックスがあるので、そこから飲みたいもの勝手に出して、栓抜きストローなども勝手に探して(なければくれます)飲んで下さい。
お菓子類も勝手に取って開けて食べて、最後に自己申告します。
地元値段とツーリスト値段、分けられたりそうでなかったり、まぁ、ワルン様々。
でもそんなに無茶苦茶な値段は言われないから、まぁ、そんなものかな、と思ってね。
何度も通ううちに地元値段になったりもするしね。

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お茶処Ubud / 一軒目の其の一。

photo/u5
つまりはカフェ、なわけです。
こういうのも、いや、これこそがこっちのカフェ、喫茶店。
軽食堂、雑貨屋も兼ねていて「ワルン」と呼ばれています。
ね、テーブルの上はこんな感じ。
Bali珈琲(バリコピと言います)と甘いクレテック煙草と豆菓子。
ところでぼくは昔からカフェ好きでね、で、この村にも昔からいいカフェ(ツーリスト向けの)がたくさんある、それがなくなったり、新しく出来たり。
カフェ好きにはそれもまた訪れる楽しみだそうで、実はぼくもツーリストの頃はそうだった。
で、ホントはね、自宅以外では多分一番多くの時間を過ごして来たカフェ、があるのだけれど、やはりこっちの昔ながらのカフェに敬意を表してこっちからかな、と。

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